オリジナル小説「秘密の八重歯」第一章 – 5
空から落ちてきた黒海の真珠 オデッサ
Y氏の医院が休みの日の週末、キヨは学生風のカジュアルな服装にメガネ姿で歯科医院を見張っていた。Y氏の自宅は診察室の2階にあり、玄関前の庭には常緑樹が生い茂っていたので張り込みをするキヨにとっては都合が良かった。朝の9時から張り込んでいるが、まだ動きはない。
斜向かいにある空地は駐車場となっており、そこから1時間ほど見張っていると、やがて誰かが門から出てくるのを確認した。Y氏に間違いなさそうだ。キヨは、気付かれないように注意しながら彼の後を追った。
Y氏は国分寺の駅まで歩いて踏み切りを越えると、更に奥まった場所にある町工場のような小さな建物の中へと入っていった。そこは、歯科技工士の作業場であった。キヨはその建物の前でふたたび張り込みを続けた。
Y氏が呼び鈴を鳴らすと、ドアが開いて歯科技工士が出てきた。
「やあ先生、いらっしゃい。どうぞお入りください」
応接室に通されたY氏は、コートを脱いでソファに腰を掛けた。
「それにしても、銀歯の供給はまだ当分先になるようですよ。困ったもんです」
歯科技工士はそう話しながら、白い手袋をすると作業場から何かを持ってきて向かいのソファに
腰を掛けた。
「それで、例の件の進展具合はいかがですか?」
Y氏がそう質問すると、歯科技工士は手のひらの上の金属片を見せながらこう答えた。
「いやあ、先生の狙いはピッタリでしたね。例の隕石の一部を削り取ったのがこれなんです」
隕石は、全体が鉄ニッケル合金で構成されており、小惑星の金属核の一部が燃え残ったもので、錆や腐食にも強く、銀歯の代わりには十分すぎるくらいの素材なのだという。
「それを、どうやって知ったのですか?」
「大学の研究室がぜひ調べたいというので、持って行ったんです。そこで、一欠片を砕いて成分を調べてもらったところ、鉄隕石に間違いないという結果が出たんです」
この鉄隕石は、アメリカのテキサス州で発見された「オデッサ」と呼ばれる隕石とよく似た成分構成を持つが、無機質な隕鉄にはない有機的な輝きをもつ不思議な金属だった。
歯科技工士は、鉄隕石をゆっくりとテーブルの上に置いてこう言った。
「その大学では、引き続き研究材料にしたいので、しばらく預かりたいというのですが、いかがなもんでしょうか?」
Y氏は、すこし考えてから答えた。
「そういうことでしたら、お貸しします。ただ、銀歯としても使いたいので全てというわけにはいきませんよ」
「もちろんです。この欠片も銀歯の代わりに使わせていただきます」
Y氏は、テーブルの上に置かれた隕石の欠片を手に取ってみた。ズシリとした重さのその金属を手のひらにのせると、そのまわりが温かくなるのを感じた。そして、鈍く光るその表面を指で触ってみると、言いしれぬ不思議なパワーが伝わってくるような気がした。
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