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オリジナル小説「秘密の八重歯」第一章 – 8

懐の深さと器量の大きさを互いに感じあう

キヨとY氏は、急いで恋ヶ窪の森林地帯から走って遠ざかったが、熊野神社近くの通りに出たところで待機していた米兵2名に呼び止められた。米兵たちは、厳しい目で二人を睨んだうえで英語でこう言った。

 

 

「君たちは、ここで何をしていたんだ?」

キヨは、それに答えようとするY氏を制すると、はっきりとした口調で答えた。

「この森の中には、日本の武将(SAMURAI)と女性が恋に落ちたと言われる場所に湧き水があるんです。その湧き水を一緒に口に含んだ男女は結ばれるという古くからの言い伝えがあって、わたしたちはそこに行くつもりでここに一緒に入ったんです」

 

米兵たちは、流暢な英語を話すキヨに驚いてこう言った。

「あなたのように完璧な英語を話す日本人女性とは初めて会いました。たいへん失礼ですが、これは軍の職務のため、あなたと連れの男性の名前と住所を教えてください」

 

キヨは、OKと言ってカバンから手帳を出すと、自分たちの情報(偽名とデタラメの住所)を手帳に書き、そのメモをちぎって米兵に渡した。彼等は、二人に向かって丁寧に敬礼をすると、通りの反対側に停車しているジープに向かって戻っていった。

 

米兵に対してまったく物怖じもせずに毅然とした態度で接するキヨの姿を見て、米兵以上に驚いたのはY氏の方だった。

 

「あなたは一体、何をされている方なんですか?」

「東京女子大学の英語専攻学部を卒業して、英語教師をしていました」

 

「それにしても、ずいぶん堂々とした応対でしたよ」

「実は、叔父が戦前から貿易の仕事をしておりまして・・同時通訳の手伝いもしていたんです」

 

「それは、何の貿易ですか?」

「叔父は商社におりまして、生糸と綿花を主に扱っておりました」

 

「なるほど・・それにしても、先ほど見せていただいたカメラといい、わたしは大変な女性(ひと)と出会ってしまったようですね」

「いえいえ、わたしのほうこそ。先生のように博学な方と出会えてとても光栄です」

 

キヨの咄嗟の対応で事なきを得た二人は、安堵したのか時折り笑い声をあげながら日立製作所の脇道まで戻ると、そこで別れの挨拶を交わしてお互いの家路についた。

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