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オリジナル小説「秘密の八重歯」第一章 – 11

閉ざされていたパンドラの箱を開いた清冽な水

「珈琲ボレロ」を出たY氏とキヨは、自分たちの住むエリアとは反対側の南へ向かって歩きはじめた。北口にある恋ヶ窪の森林で起こった一件もまだ記憶に新しかったし、もう少し話したいという欲求をお互いに満たすには、一緒に歩ける距離がすこしでも長いほうが良かったからだ。

 

Y氏は歩きながら、思い出したようにキヨにこう質問した。

「この間、恋ヶ窪で米兵に尋問されたとき、あなたは何と答えたのですか?」

キヨは、一瞬戸惑った表情を浮かべてから、こう答えた。

「あの時は、咄嗟のことで何を喋ったかよく覚えてないんです。でも、森の中に湧き水があって、それを見に行こうとする途中だった・・というようなことを伝えたように思います」

 

「ほう、それはすごい・・よく咄嗟にそんな話が出てきましたね」

キヨは、国分寺に住みはじめる少し前から、この地域一帯の地図や歴史についての文献に目を通していたので、それらを断片的に記憶していたのだ。

 

「そういえば、この近くには江戸時代の尾張徳川家の狩り場があって、そこにもきれいな湧き水があると聞きました」

「ああ、その湧き水ならわたしも知ってます。これから行ってみませんか?」

「いいですね、行ってみましょう!」

 

二人は、武蔵野台地から清流が流れている小さな崖に沿って歩き、「真姿の池」と呼ばれる湧き水の名所へと向かった。キヨは、その道中で恋ヶ窪の森林へと落ちた火の玉の話についてY氏に尋ねようと何度か思った。それは、一緒に歩いているY氏にとっても同様だった。

ただ、隕石の落ちた周囲を囲うように立てられたバリケードや、米兵たちの尋常ではない警備の様子から、それについて話すのは“パンドラの箱”を開けるようにデリケートなことに思えてならないのだった。

 

 

やがて、二人は小川の先にある小さな滝が流れる場所に着いた。キヨは、小滝から流れ落ちる清冽な水に手を入れると、それをすくって飲んでみた。

「おいしい!」

目を輝かせて感嘆するキヨに続いて、Y氏も水を口に含んだ。

「うん、これはおいしい。何の濁りもない澄みきった味がする」

 

二人は木漏れ日がたゆたう、ひんやりとした林のなかで、近くにあった倒木の上に並んで腰掛けると、しばらくの間その小川をぼんやりと眺めていた。

 

最初に口を開いたのは、キヨのほうだった。

「こうして、水の音を聞いていると、心が洗われるような気がする」

Y氏は、ゆっくりとうなずくと、やがて決心したように話しはじめた。

「あれから、恋ヶ窪の森で起こったことは、心のなかに留めておくつもりだったのですが、キヨさんにしか話せる人もいないので、これからその話をしてもいいですか?」

「はい、ぜひ聞きたいです」

 

Y氏は、堰を切ったように、まっすぐ前を見ながら話しはじめた。

「昨年の12月22日の夕方、家の2階から「こぐま座流星群」を観察しようと空を眺めている時、突然空から音もなく火の玉が上空を通過して、近くに落ちていくのを見たんです。まるで生き物のように輝くオレンジ色の物体でした」

 

キヨは、Y氏の横顔を見つめながらうなづいた。

 

「わたしは、それが隕石であると確信して、その火の玉が落ちた方角へ向かって夢中で走りました。落ちてきた火の玉を見た人は他にもいて、きっと空襲だと思ったのでしょう、反対方向から逃げてくる人たちもたくさん見かけました」

 

Y氏は話を続けた。

 

「やがて、ある場所で立ち往生している人に火の玉の行方を聞くと、恋ヶ窪の森林の方向を指差したので、わたしは森林へと続く細い道を突き進んでいきました。しばらくいくと、森の道が交差する地点のすぐ近くから、白い煙と異様な匂いが立ち込めているのを見つけて、わたしは草木を分け入りながら夢中で林の中へと入っていったのです」

 

キヨは、固唾を呑んでその話の続きを聞いた。

 

「すると、異様な光を発しながら、まるで生き物のように地面にめり込んでいる隕石のようなものを見つけたのです。上空で見た時は、もっと大きく見えたのですが、それは手榴弾ほどの大きさの物体でした。そのままその場に佇んでいると、間もなくしてジープが近づいてくる音と、英語で飛び交う米兵らしき声が聞こえてきたので、わたしは急いでその隕石を掘り起こすと、それを持ったままそこから走り去りました。米兵たちに気づかれることもなく、なんとか脱出したわたしは、急いで家に帰りました」

 

「それで、その隕石はどうされたのですか?」

「しばらくは診察室に置いておいたのですが、今は知人を通じて大学に預けて細かく調べてもらっています」

 

キヨは、いま目の前でY氏が話したことの細部を記憶して、その内容を頭のなかで整理した。そして、それが済むとふたたび滝へと向かい、カバンからライカを取り出すと、その風景を写真に収めた。Y氏も思い出したように自分のカメラをケースから出すと、滝をバックに微笑むキヨの姿を何枚か写真に撮った。二人はその場所で数枚の写真を撮り終えると、夕陽が沈む前にその場を後にした。

 

昼までのおだやかな陽気が嘘のように、ひんやりとした空気の小道を、キヨはY氏の話してくれた一語一句を反芻しながら歩いた。国分寺の駅近くでY氏と分かれると、キヨはカバンから手帳を取り出して、その一語一句をこと細かにメモに記した。

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