隕石がもたらすミステリアスなパワー

キヨがマークしたMの足取りによって浮上した歯科大学の研究室では、Y氏が拾った隕石をめぐって科学的な分析が行われていた。主にその分析を行っていたのは、研究室で助教授を務めていたTだった。Tは物理学にも精通しており、医療はもちろん、その研究分野はサイエンス全般と幅広かった。

研究室では、隕石の成分を科学的に分析することで、地上のいたるところに眠っている隕石の医療、とりわけ歯の治療に必要な銀歯への応用を目的に研究が進められていた。隕石の成分を調べた結果、銀歯の主成分である金銀パラジウムとよく似た金属組成を持つことが分かっていた。

しかし、その隕石が時折り見せるミステリアスな現象については、まったく不可解であり、研究室の科学的知見を持ってしても解明できない謎が浮き彫りになっていたのだった。この研究室では、隕石の分析や実験の成果が出そうなときには決まって何らかの異常が起こり、推定値を見出すことができなかった。まるで、ハイゼンベルクの不確定性原理のように、研究者の予測を裏切る結果しか残らなかったのだ。

しかし、Tにはこの研究を続けることで自分に備わっていった、ある特殊な能力についての秘密があった。それは、自己暗示によって他の研究員を意のままに動かせるという、催眠術的な能力だった。日増しにその能力が強く備わっていくのをTは感じていたが、オカルトや精神医学は自分の領域ではない。隕石をめぐる化学的な分析という境界を越えて自分のなかで起こっているこの現象については、まわりの誰にも公言できずにいたのだった。

この話は、隕石を提供してくれたMももちろん知らない。Tは、自分に備わっていく超能力については、制御できなくなる前に友人の精神科医に相談するつもりでいたが、今のところ自分自身が異常をきたしているという自覚はなく、むしろそうした不思議な力をもたらす隕石に惹かれた彼は、取り憑かれたようにその研究に没頭したのだった。

一方、GHQ高官からキヨに伝えられた“放射能をおびた危険な物質”については、さしたる科学的根拠はなく、放射線量はごく微量で健康への影響も心配ないことは初期の調査ですでに判明していた。Mには、放射線の安全性についての結果は伝えたが、隕石の持つ不思議なパワーについては一言も言及しなかった。しかし、その研究に終止符を打たねばならない日が近づいているとは、TもMも知る由もなかったのである。