オリジナル小説「秘密の八重歯」第二章 – 3
海を渡って届いた一通の手紙
それから数カ月後、キヨはミシガン大学へ留学するために横浜から船に乗ってアメリカへと旅立った。キヨは、アメリカへの渡航が許された数少ない日本人の一人だった。戦後間もないこの時期は、GHQが許可あるいは要請する日本人以外は国外に出ることは禁じられていたからだ。
その日、横浜港にはリバティ型貨物船が停泊していた。日本人の引揚者を運ぶためにアメリカが日本に貸与していた貨物船である。GHQの特別渡航許可証を持ったキヨは、好奇の目で見つめる見送りの米兵や関係者たちを尻目に、大勢のアメリカ帰還兵らに続いて貨物船のタラップを上っていった。
船による太平洋の横断は、気の遠くなるような長旅だった。日付はおろか曜日の感覚さえ失ってしまうほど退屈な時間を過ごさねばならない。キヨは、男に生まれ変わっても船乗りにだけは絶対になるまいと固く胸に誓ったほどだった。
シアトルを経由してニューヨーク港へと辿り着くと、そこには中央情報部が手配したクルマが待っていた。諜報員らしき男が近づいてきてキヨの身分を確認すると、クルマの後部座席にキヨを乗せて自分は助手席に座った。運転手が操るクルマは625マイル、時間にして10時間もの距離を走ってミシガン州アナーバーにある大学近くのアパートへとキヨを送り届けた。
長い船旅の後にクルマで10時間もの距離を移動したキヨは、その疲れを癒やすために3日ほど休養が必要だった。4日めの朝、キヨはミシガン大学へ出向いて留学の手続きを終わらせた。キヨのアメリカでの生活はこうして始まった。
大学へ通いはじめて3週間ほど経ったある日、キヨはY氏へ向けて手紙を書いた。
前略
Y先生、お久しぶりです。お元気でしょうか。
国分寺のアパートから実家へと引っ越してから、あっという間に時間が過ぎ、9月からミシガン州のアナーバーにて新しい生活が始まりました。アナーバーは自然がとても豊かな町で、気温は東京よりすこし涼しいくらいです。わたしはいま、アパートから歩いて10分ほどの場所にあるミシガン大学へと毎日通学しています。
はじめての海外留学で、慣れないことばかりですが、ルームメイトと一緒に暮らしているので彼女に色々教わりながら何とかやっております。
日本は、まだまだ国を建て直していくのに困難な日々が続くでしょうが、先生もお体には十分気をつけてお過ごしください。日本へ帰った時に、またお会いできるのを楽しみにしています。
かしこ
PS.
日本を経つ前に、父が撮ってくれた写真をお送りします。今度お会いしたときには、先生の撮った天体写真をぜひ見せてください。

その頃、Y氏は終戦から続いてきた激動の日々とは違った、平穏な日々を過ごしていた。中央情報部から派遣されたスパイによる監視も、GHQが目的の隕石を押収したことで一件落着となり、誰からもマークされることなく歯科医の仕事に精を出していた。
キヨの手紙と写真を見たY氏は、歯科技工士Mから受け取った隕石の一欠片を診察室の棚から取り出し、写真のとなりに置いた。その後、立川にある写真館へと自転車で行き、フォトフレームを買ってくると、その写真を入れて二階の書斎に立て掛けた。一欠片の隕石は、キヨの写真の横に白いハンカチの上に載せられて一緒に飾られた。
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