オリジナル小説「秘密の八重歯」第二章 – 4
異国で揺れ動いた恋の振り子
Y氏は、遠いアメリカのミシガンで健気に生きているキヨのことを思い、返信を書くことにした。慣れない土地に加えて、占領国からの留学生ということもあり、手紙には書けないような辛いこともあるに違いない。彼女を勇気づけるためにも早めに返事を書かなくては・・。
Y氏は、キヨとの別れのあとに起こった出来事も交えた自分の近況を手紙に書いた。
前略
キヨさん、お手紙ありがとう。元気に勉学に励んでいる姿が目に浮かびます。ミシガン大学に留学とは驚きました。新生活に慣れるまでは、いろいろと大変なこともあるでしょうが、キヨさんの明るい性格をもってすれば、必ず乗り越えられると信じています。
わたしの方は、とくに変わりなく歯科医の仕事を続けてます。あいかわらず物資の供給は思うようにいきませんが、なんとかやりくりしながら治療にあたってます。
以前、手紙で心配されていた、隕石の放射能についてはとくに問題ないようです。ただ、どういう訳か大学に預けていた隕石は、すべて進駐軍に没収されてしまいました。銀歯の代わりになりそうだと思っていたので、それだけが心残りです。
わたしの手元には、隕石の一部である一欠片の金属片だけが残っています。日本へ帰国された際には、実物をお見せします。なかなか綺麗に光りますよ。
わたしの撮った天体写真を何枚か選んで同封しました。キヨさんも、何か辛いことでもあったら星空を眺めてみてください。きっと心が晴れてスッキリすることでしょう。
これから、ミシガンも寒くなっていくと思いますので、くれぐれも風邪などひかないように体を大切にしてください。また、いつかお会いできるのを楽しみにしています。
草々
これ以降、キヨとY氏の文通はしばらく続いた。配達員らしき足音が聞こえると、すぐに郵便受けを確認しにいくほど、キヨはY氏からの便りを楽しみにしていた。

それから2カ月ほどが過ぎた12月のある日、キヨの身には思いもかけない出来事が起こった。いつものように図書館で勉強中のキヨの肩を誰かが叩いたのだ。振り向くと、そこには軍服を着た白人男性が立っていた。
「キヨ、お久しぶり」
「リチャード、どうしてあなたがここに?」
「あれから間もなく、日本での勤務を終えて実家のクリーブランドへ帰っていたんだ」
その晩、キヨはリチャードに誘われて彼の運転するクルマに乗せられてデトロイトのレストランで食事をした。リチャードは、キヨに会いにくるまでの経緯を運転しながら話して聞かせた。
「君がミシガン大学へ留学することは知っていたので、大学へ行って日本からの留学生がいないか問い合わせると、新入学生の名簿を渡されてね。そこに君の名前と連絡先が載ってたんだよ。早速そこに連絡すると、君のルームメイトが“キヨならいつも図書館へ行ってるわ”と教えてくれたのさ」
ルームメイトと一緒とはいえ、まだ新生活に慣れていないキヨにとって、リチャードの存在は心強かった。レストランで食事を終えた後もアナーバーのアパートまで送ってくれたリチャードは、それから毎週キヨに会いに来るようになった。
リチャードは週に一度やってくると、キヨに英語を教えたり、ときには課題の手伝いをしたり、レストランにも頻繁に連れ出すようになった。こうした彼の積極性とマメさを前にして、キヨの心は次第にリチャードへと傾いていったのだった。
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