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オリジナル小説「秘密の八重歯」第二章 – 5

半年後の6月に響いた3つの鐘の音

翌年の1947年の5月3日、日本で新しい憲法が施行されるころ、キヨはリチャードの熱烈なプロポーズに根負けするかたちで、彼と結婚する決意を固めていた。式はリチャードの地元、クリーブランドでもっとも由緒のあるオールド ストーン教会で挙げられることになった。その名の通り、古い石造りの歴史的建造物である。

 

クリーブランド オールドストーン教会 ※絵はがき

 

6月に行われる二人の結婚式に参列するのは、リチャードの両親を含めた親戚と軍関係者がほとんどで、キヨ側の参列者はルームメイトをはじめとした数人の友人だけだった。キヨの両親は、娘が“戦争花嫁”となるのを嫌い、リチャードとの結婚には反対である。アメリカ留学に関してもキヨが独断で決めたことで、娘の異国での結婚は“いずれそうなる運命だった”とあきらめる他なかったのだ。

 

キヨの留学を支援していた中央情報部はこの結婚には賛成だった。相手は米陸軍少佐。国家への忠誠心にかけては、それ以上ないうってつけの職業だ。当局からは、勉学を怠らずに大学に通って学位をとること、夫であるリチャードをはじめ、まわりの誰にも自分の素性を明かさないという2つの約束を守れるのなら、今後も引き続き留学や住宅の費用を補助していくという約束を取り付けたのだった。

 

晴れてジューンブライド(6月の花嫁)となることが決まったキヨにとって、アメリカの地で新しい家庭を築いていくことは、ワクワクするくらいに楽しみなことだった。リチャードは、結婚後もドイツや日本などの占領国やアメリカ各地を忙しく飛びまわらなくてはならないだろう。ただ、キヨにとっては新たな土地で畑を耕すように家庭を作りあげていくことのほうが遥かに魅力的だったのだ。

 

 

キヨは、結婚が決まってから数日後、Y氏にその報告をするために手紙を書くことにした。

リチャードと付き合うようになってから、Y氏からは何度か手紙が送られてきたが、返事を書くのは2カ月ぶりのことである。

 

前略

Y先生、お久しぶりです。お元気でしょうか?

新聞で、日本国憲法が施行されたことを知りました。「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」など、戦中の日本では考えられなかったことですね。

これから日本がどのように変わっていくのか、6,200マイル離れたミシガンから見守っていきたいと思います。

 

今回は、突然のお知らせとなりますが、先生にご報告がございます。

実はこのたび、半年前から交際していたアメリカ人男性と、晴れて結婚することになりました。

彼からプロポーズを受けたときは、喜びよりも戸惑いのほうが大きかったのですが、面倒見が良くてエネルギッシュな行動力に惹かれて、迷った挙げ句に決心した次第です。

 

いつも、急な話ばかりで本当にごめんなさい。

結婚しても、日本に帰ることは度々あろうかと思いますので、その時はまた国分寺で珈琲でも飲みながらお話しできたら嬉しく思います。そんな日が来るのを楽しみにしています。

かしこ

 

キヨにとって、Y氏への思いは純愛そのものだった。ただ、そのきっかけとなったのは、中央情報部からの司令が発端であり、Y氏との関係が深くなればなるほど、愛する人を裏切ったという自責の念から逃れられなくなるだろうことは痛いほど感じていたことだった。

 

そんな思いが頭をよぎったとき、キヨはいつも夜空を見つめて気を紛らすようにした。ある時、ずっと空を見つめているキヨを見かねたリチャードが、うしろから彼女を抱きしめたことがあった。

 

「君はたまに夜空をそうして見つめているけど、いつも何を思ってるのかい?」

キヨは、ワッと泣きたい気持ちを必死にこらえてこう言った。

 

「流れ星を見つけたら、望みごとを唱えてみたいから・・」

「それなら、僕も一緒に唱えよう」

 

元気な赤ちゃんを授かりますように・・リチャードが小さくそう唱えるのを聞きながら、キヨは、ずっと星空のある一点を見つめて手を合わせていた。その刹那、漆黒の夜空の奥で小さな光が一瞬落ちたのだった。南東から南南東へと流れる白い軌道、それはまさしく流れ星のようだった。

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