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オリジナル小説「秘密の八重歯」第二章 – 12

家族との5年ぶりの再会、そしてノエルとの別れ

それから数日後の週末、キヨはノエルを連れて麻布の笄町にある実家へと向かった。実に5年ぶりの里帰りである。国鉄京浜線で品川まで行き、そこからはタクシーで笄町へと向かうルートだ。こうした交通費や宿泊費などはすべて経費として申請することができる。交通手段や宿泊先を選ぶのはエージェント本人に委ねられるものの、機密保持のためにタクシーや高級ホテルを利用することに異議を唱えるような組織ではない。

 

車窓からキヨが見た東京の復興は思っていたよりも進んでいた。1950年6月からはじまった朝鮮戦争特需によって、復興のスピードが加速している時期だったからだ。主要駅の周辺については、空襲によって廃墟となった街並みが整然と建て直され、街も活気づいている。しかし、駅からすこし離れた住宅地には、戦後の痛々しい残骸がいたるところに残っており、焼け野原にバラックが建ち並んでいるような景色も数多かった。

 

東京麻布笄町の坊城俊良邸(建築家・関根要太郎設計作品研究)

 

キヨとノエルは、実家近くの都道418号線(現在の外苑西通り)でタクシーを下りると、ゆるい坂をしばらく上った先にある実家の前に着いた。5年の歳月が嘘のように何も変わっていない一軒家の前で、キヨは感慨深げに玄関先を眺めた。そして、その奥にある入口まで歩いてドアをノックすると、幼年期からキヨを育ててくれた家政婦のシズが出てきてドアを開けてくれた。

 

「お嬢さま、お帰りなさいませ」

「シズお久しぶり、元気そうね」

 

二人の声が聞こえたのか、父母と姉も家の奥から出てきてキヨを出迎えた。キヨの横には、一目見てハーフと分かる顔立ちの幼児がポカンと口を開けて立っている。

 

Photo by tony-mucci

 

キヨは、家族全員に幼児を紹介した。

「息子のノエルです。3歳半になりました」

そして、つつましく座礼をすると、ノエルと共に居間へと通された。ノエルは言葉を発しはじめたころから、キヨから日本語も教えられている。

 

「ノエル、皆にあいさつして」

「こ・ん・・にちは」

 

ノエルのたどたどしい日本語の挨拶で、家族の緊張も次第にやわらいでいった。思えば、5年前に家を出てから、その半年後に書かれた結婚を知らせる手紙以来、忘恩の徒に近い状態を続けてきたキヨである。家族からすれば“戦争花嫁”と同様の人生を歩んだキヨに対して、釈然としない思いがあるのは無理もない話だ。

 

曽祖父の代から続く、印刷工場を引き継いだ父だが、婿養子だったこともあって、家庭内はおろか工場でも影の薄い存在に甘んじてきた。実権を握っていたのは母のほうであり、後に家業を継ぐ予定だった長男を戦争で亡くして以来、その存続を巡る確執が絶えない状態が続いていたのだ。

 

戦前の都内印刷工場

 

そんななかでのキヨの渡米と結婚は、両刃の片方を失ったも同然。姉もまだ未婚とくれば、なおさら将来への不安は増すばかりだ。そんな重々しさが漂うなかでノエルが発した言葉は、その場の空気を入れ替える清涼剤の役目を果たしたのだ。

 

「あら、慎一の声に似ているじゃない」

最初にそう話したのは母だった。慎一とは戦死した兄の名前である。そして、姉も言った。

「そういえば、どことなく目鼻立ちも兄さんに似てない?」

その言葉に、一同はうなずいた。

 

「ノエルくんといったね? これで遊ぶといい」

2階から階段を下りてきた父は、そう言いながら三論車にサルが乗ったブリキのおもちゃをノエルに渡した。キヨにも見覚えのある古いおもちゃだ。

こうして、ノエルは無事に家族に受け入れられた。その日、キヨはアメリカで起こった出来事の数々を皆に報告した。ミシガン大学への入学と下宿先のアパートでの生活、図書館で再会したリチャードとの交際から結婚へと至るまで、ノエルの出産から子育てと勉学を両立させることの苦労、大学を卒業して国務省の仕事に就いたことなど、アメリカで体験してきたおおよその出来事を家族たちに話して聞かせた。唯一、本当の自分の姿を明かすことができないのは、スパイの道を歩んだ者の宿命である。

 

キヨが、これだけ家族と話をしたのは、この日が最初で最後だった。ノエルを実家に預け、その面倒を家政婦のシズに見てもらえることになったキヨは、その翌日、安心して横浜の宿舎へ帰ることができた。コスモスとバラが色鮮やかに花壇を彩る公園の脇道を下りながら、キヨは自分が育ってきたその町を、独身に戻ったような気分で後にした。

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