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オリジナル小説「秘密の八重歯」第二章 – 13

思い出の場所にて、Y氏との6年ぶりの再会

ノエルを実家に預けてからのキヨは、横浜の米国領事館での日本語教師の仕事に精を出した。アメリカで1年間の日本語教育を受けたあと、日本へと赴任してさらに米国領事館で1年間の語学を学んだCIAのスパイたち。厳しい試験をパスしてきた猛者たちの語学力を最終的にチェックし、国としての主権を取り戻したばかりの日本社会に、領事館職員や米国企業社員として送り出すためのゴーサインをCIA本部に伝達するのがキヨの仕事である。

 

当初、1カ月程度の日本滞在と考えていたキヨだが、米国領事館での仕事は半年間に及んだ。当時、5人いたCIAの研修者全員が最終試験をパスするまでの教育は、キヨが指揮官となって執り行わなければならなかったからだ。語学力はもちろん、日本での生活習慣や礼儀作法、ことわざから日本の歴史まで、多岐にわたるプログラムである。

 

その半年の間、キヨは国分寺で歯科医を続けているY氏の元へと手紙を出し、何度か手紙のやり取りを経たうえで、久しぶりに二人で会う約束を交わした。折しも、1945年12月に落ちてきた火の玉の行方を追うため、その翌年に国分寺に居を移したのと同じ2月中旬のある日のことである。

 

モロゾフのバレンタインデー広告より

 

キヨは、百貨店で買い求めた水色のニットに薄茶のスカート、トレンチコートという出で立ちで、Y氏と待ち合わせた国分寺駅前の「珈琲ボレロ」へと向かった。手には手提げ袋をさげており、その中にはモロゾフのチョコレートが入っていた。当時、バレンタインデーにチョコレートを贈るという習慣はまだなかったが、真っ赤なハート型パッケージの目新しさにひかれたキヨが、手みやげとして買ったものだ。

 

約束の時間に「珈琲ボレロ」を訪れると、Y氏はいつもの窓際の席に座って待っていた。6年の歳月は、若干彼に貫禄をもたらせたようだ。顔の輪郭がすこし丸くなっているように見える。

 

「キヨさん、ですね?」

「はい、お久しぶりでございます」

 

キヨは、にこやかに微笑みを浮かべて挨拶をすると、Y氏の向かいの席に着き、手みやげの袋を差し出してこう言った。

 

「つまらないものですが、ほんの気持ちです」

「これはこれは…ありがとうございます」

 

戦前に発売されたモロゾフのファンシーチョコレート

 

キヨが席に着くと、女給がオーダーをとりにきた。

「こんにちは、わたしも珈琲をお願いします」

キヨがそう告げると、女給は一瞬目を見開き、懐かしそうな表情を浮かべてこう言った。

「お久しぶりです。何年ぶりのことでしょう?」

「もう6年近くになります」

 

「そうでしたか……どうぞごゆっくり」

女給は、感慨深げにそう言うと、オーダーを店主に告げに行った。

 

Y氏にとって、キヨはすでに米軍佐官(中佐)の細君ではあったが、相変わらずのエレガントな話し方とその振る舞いを前にして、あらためて心が躍らされるような気分だった。

 

キヨは、アメリカで体験してきたさまざまな出来事、ミシガン大学への留学からアナーバーでの生活、息子ノエルの誕生、子育てと勉学の両立、そしてワシントンDCへの引越し後、間もなくして仕事で日本へ一時帰国することになった現在までの一部始終を話して聞かせた。Y氏は、身内の出世話を聞くように、時折り目を細めながらキヨの話に熱心に耳を傾けている。

 

ひと通り、キヨの近況を聞き終えると、Y氏は息子のノエルについて質問した。

「ノエルくんは、今どこにいるのですか?」

キヨは、一瞬空を見上げるような表情をした後でこう答えた。

「今は、わたしの実家に預かってもらっているんです」

 

「寂しくないですか?」

「とても寂しいのですが、仕事が落ち着かないかぎりは、なかなか会うこともできなくて・・」

 

Y氏は、ゆっくりとうなずいてから、カウンターに佇んでいた女給を呼んだ。女給が席へとやってくると、彼はあらたまった口調でこう言った。

 

諏訪根自子 1920年(大正9年)生まれのバイオリニスト

 

「実は、彼女と数年前から交際してまして・・年内には結婚する予定なんです」

キヨは、とても驚いた表情で二人を交互に見つめてからこう言った。

 

「それは…おめでとうございます。とても、お似合いです」

女給はお礼をしたあと、あらためて自己紹介をした。

 

「セツコと申します。キヨさんのことは、彼からよく聞いております」

セツコは、この店で女給をしながら、東京高等音楽学院でバイオリンを学び、卒業後は武蔵野のオーケストラの楽団員となるかたわら、店での仕事も続けていたのだ。キヨからの結婚の知らせが届いてしばらくしてから、Y氏は歯の治療で医院を訪ねてきたセツコと親しくなり、それから間もなく交際をはじめたのだった。

 

「息子さんのことで、なにか困るようなことがあったら、私たちに声をかけてください」

Y氏は、キヨにそう言ってセツコのほうを見た。セツコもそれに同調するようにこう言った。

「さぞかし、可愛らしい息子さんでしょうね」

 

キヨは、Y氏とそのフィアンセを前にして複雑な思いにかられながらも、その後もしばらく喫茶店に留まって、追加したロールケーキと紅茶を味わいながら談笑を続けたのだった。

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