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オリジナル小説「秘密の八重歯」第三章 – 2

山田家の跡取りをめぐるもう一つの芽

リチャードは、ノエルと久しぶりに会うことが出来て喜んだが、その日の帰り道に、ゆくゆくは息子を立川のアメリカンヴィレッジへと連れ帰りたいとキヨに話した。

 

キヨは、山田家がノエルを養子にしたことはリチャードには隠していた。もしそれを彼が知ったら、きっと怒り狂って養育権をめぐって裁判になることもあり得るだろう。リチャードは、普段は冷静だったがその反面、正義感が人一倍強く、筋道の通らないことには徹底して立ち向かう性格だった。だからこそ、軍人として中佐まで上りつめることができたのかもしれない。リチャードのそんな一面を知ってるからこそ、キヨはそのことを最後まで彼に話すことはなかった。

 

しかし、このころ山田家では、一家の跡取りをめぐるもう一つの芽が出ていたのである。キヨの3歳上の姉についに婚約話が持ち上がったのだ。相手は、山田家の家業の得意先にあたる広告代理店のエリートだ。得意先の重役を通じて紹介されて見合いをした二人は、お互いに惹かれ合って交際へと発展し、やがて婚約まで話が進んでいたのである。

 

来春には式を挙げる予定で二人の縁談はまとまりかけていた。もし無事に結婚となれば、次期社長としてこれほどの適任者はいない。山田家にとって、二人の結婚は至上命令も同然だったのだ。

 

 

こんなことが実家で起きているとは露ほども知らぬキヨとリチャードだったが、クリスマス休暇でふたたび山田家を訪れた際にはじめてこの話を聞かされ、その場で姉の婚約者を紹介されたのだった。山田家全員そろってのクリスマスパーティーの席で、キヨの母からは来春の3月に二人の結婚式が執り行われることが告げられた。

 

山田家の跡取りがこうして決まったことで、ノエルへと一心に注がれていた一族の期待は、姉の婚約者へと徐々に引き継がれることになったのだった。

 

このころ、キヨは横浜の米国領事館での日本語試験官として欠くことの出来ない地位を築いていた。ワシントンをはじめ全国から送られてくる国務省の人材を一流の外交官(スパイ)へと育てるのがキヨの仕事である。こうした生え抜きの人材に言葉や日本の作法を教えるためには、キヨ自身も自国への深い理解と知識の習得が必要である。

 

ミシガン大学で身につけた図書館情報学の技術を生かして、キヨは休日になると麻布台にある東京アメリカンクラブに出入りをして、クラブ内にあるライブラリーの整理を手伝うようになった。

 

東京アメリカンクラブ 所蔵写真

 

アメリカンクラブは、在日アメリカ人が妻や恋人と楽しむための会員制社交クラブとして設立されたのだが、1954年に社団法人化されて麻布台に移転したばかりの施設である。この施設のライブラリーを活用して、キヨは日本の歴史と文化を基礎からから学び、施設のネットワークを利用して、日本の財閥、官僚、政治といった中枢とのコミュニケーション法を科学的に分析していった。

 

それからの3カ月はあっという間に過ぎ、じきにノエルが通う幼稚園の卒園式となる日がやってきた。キヨとリチャードは、正装で卒園式に参列して愛息子の晴れの姿を祝った。ノエルの祖母と祖父は長女の結婚の準備で忙しく、他に卒園式に参列したのは家政婦のシズだけである。

 

無事に卒園を終えたノエルは、地元の慶應義塾幼稚舎へ入学する予定だったが、キヨはこれからの日本を背負って立つような人材を育てるには英語教育が必須であると母を説き伏せ、ノエルを立川のアメリカンスクールに入学させる承諾を得ることができたのだった。母からすれば、長女の結婚を間近に控えるなか、婿養子となる新たな息子との関係を密にすることがいまは先決であると考えたのかもしれない。

 

ノエルの叔母にあたるキヨの姉もこのことには賛成だった。このとき彼女は、自分のお腹に宿っている新しい生命の胎動を感じていたのである。このことは、結婚式が終わるまでは家族の誰にも明かすまいと胸に誓っていた。しかし、新婚旅行へ出かける前にはきちんとその結果を報告したほうが良い。そう考えた彼女は、近所にある日赤中央病院で密かに検査を受けに行ったのだ。医師からは「おめでとうございます、妊娠3カ月です」と伝えられていたのだった。

 

ノエルの卒園式から数日後の日曜日、姉と婚約者の結婚式が赤坂のホテルニューオータニで盛大に行われた。それは1955年の3月27日、満開の桜が周囲の外濠沿いに咲く、春らしい陽気に包まれた日のことだった。

 

ホテルニューオータニ 日本庭園

 

結婚式への参列を終えたリチャード家の3人は、ホテルを出ると上智大学に向かって濠沿いに咲く満開の桜を見物しに散歩に出た。3人は、桜の並木に沿って四ツ谷方面まで歩きながら、これからはじまるアメリカンヴィレッジでの暮らしのことを話した。

 

このとき、キヨとリチャードは3年前にクルマで通ったワシントンのポトマック川岸のことを回想していた。この桜並木も、それから数日後には桜が散って美しい新緑へと生え変わるだろう。あのときに二人が感じていた、胸にぽっかりとあいた空洞もノエルが帰ってくることで埋めることができそうだ。

 

淡いピンク色に染まった桜の並木道を、ノエルを真ん中にして手をつないで歩く3人は、どこから見ても幸せそうに映ったことだろう。キヨは、GHQ高官から預かったままのライカをケースから取り出すと、道の反対側から歩いてきた男性に声をかけて家族3人の写真を撮ってもらった。つい先ほど撮られた、新郎新婦と家族たちが写った数十枚と並んで、その画像は同じフィルムのなかに収められたのだった。

 

OurPhoto掲載 ai 撮影

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