オリジナル小説「秘密の八重歯」第三章 – 6
はじめて経験した歯の痛み
ある日、少年Sと一緒にヴィレッジの売店で買ったホットドックを囓っているとき、ノエルは左上顎の歯に違和感を感じた。ソーセージを噛んでいるとき、今までに感じたことのない、上顎全体に響くような痛みが伝わったのだ。そのことをSに話すと、彼はこう言った。

「コーラを飲んでも同じ歯がしみるんだったら、それは虫歯かもしれないぜ」
「虫歯?」
「そうだよ。オレも去年、歯医者で診てもらったんだ」
ノエルは、ホットドッグと一緒に買ったコーラを飲んでみた。たしかにSが言うとおり、同じ歯の辺りがしみる気がする。
「うん、やっぱりちょっとしみるよ・・」
ノエルがそう答えると、Sはすこし鼻にかけてこう言った。
「悪いことは言わねえ、早めに歯医者に診てもらったほうが身のためだぜ」
その日、Sと別れてから家に戻ったノエルは、しばらくして仕事から帰ってきた母にこう言った。
「マム、何だか・・歯が痛いんだ」
それを聞いたキヨは、すぐにノエルを仰向けに寝かせ、口を開けさせると上顎の歯を点検した。ノエルの上顎には小さな八重歯が生えている。その八重歯の裏側を見ると、やはり小さな穴があいているようだ。
キヨは、部屋の奥の箪笥から病院の診察券を取り出してくると、すぐそこに電話をかけた。国分寺にあるY氏の歯科医院である。呼び出し音が数回鳴ってから、受付らしき女性が電話に出た。
「もしもし、ヤマダと申しますが、Y先生はいらっしゃいますか?」
「ただいま、診察中でして。治療の件でしたら、私のほうでうかがいます」
「息子が歯を痛がっておりまして。どうやら虫歯のようです・・できたら早めに診てほしいのですが」
「それでは・・来週火曜日の夕方はいかがでしょう?」
キヨは、手帳を取り出してスケジュールを確認すると、その日の診察を予約した。仕事を早めに切り上げてからタクシーで向かえばその時間帯に間に合うだろう。電話で予約をし終えたキヨは、受話器を置くとノエルに向かってこう言った。
「来週の火曜日に歯医者さんへ行きましょう。わたしの知り合いの先生だから安心よ」
「うん」
こうして、キヨはノエルを連れて、久しぶりにY氏に会いに行くことになった。最後に会ったのは、立川に住み始めてから2年くらい経ったある夏の日のことだ。Y氏は、キヨも知っている喫茶店の女給、セツコと家庭を築いており、頻繁に会うこともできない。それでも、たまに手紙のやりとりはしていたのだった。
翌週の火曜日、キヨはノエルを連れて約束の時間に歯科医院を訪れた。Y氏を驚かすつもりはなかったが、これも何かの宿命だろう。歯科医院へと向かうタクシーのなかで、6年前に国分寺の珈琲ボレロで、「息子さんのことで何か困ったことがあったら、いつでも連絡するように」とY氏に言われていたのを、キヨは思い出していた。
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