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オリジナル小説「秘密の八重歯」第三章 – 9

反政府・反米のうねりと、立川グループの台頭

ノエルが、アメリカンスクールの高学年に進級するころ、少年Sは立川の非行グループのリーダー格として地元の不良の間でもよく知られる存在となっていた。立川グループは三多摩地区で窃盗や暴行を繰り返す30名ほどの集団として名を轟かせており、特にオートバイやクルマの窃盗については、キーからバッテリーにつながるコードを切断して直結させる方法を常套手段としていた。

 

その方法で数々の車両を盗んでは、ガソリンが切れるまで乗り回してから最後は適当な場所に乗り捨てたり、気に入ったバイクやクルマについては、小金井や立川などの多摩地区に急速に増えていた団地の駐車場や空地に盗難車を駐車させ、ナンバープレートを覆うようにシートカバーを被せて保管するなどの悪行を重ねていたのだった。

 

当初は、自転車の窃盗や万引きなどの軽い犯罪止まりであったが、徐々にエスカレートしていったグループは、中学卒業後に自動車整備工として働くようになった仲間から、エンジンの直結方法やクルマの三角窓を割ってドアを開ける技術などを教わり、それを活かして一気にその勢力を広げていったのだ。

 

1960年代のカミナリ族 japanese.china.org.cnより

 

少年Sの父親は、警視庁 第八方面交通機動隊の白バイ警官だったため、Sは交通取締りの事前情報を得やすい立場にいた。今日はどの地域でスピード違反の取り締まりや検問を行うかをそれとなく聞き出せたとき、Sはそうした網にかからないようにその地域での窃盗を避けるように指示を出していた。

 

ある日、少年Sはノエルとグループの溜り場となっていたヴィレッジ付近の音楽喫茶「メンフィス」で、ある雑誌を見せながらノエルにこう言った。

 

「おい、この雑誌知ってるか?」

「いや、知らないよ」

 

「ほら、在日米軍の記事が載ってるぞ」

「へ〜・・ボーイズライフか」

 

1963年から1969年まで小学館から発行されていた中高生男子向けの雑誌『ボーイズライフ』。

 

ノエルは、その雑誌をペラペラとめくってみた。彼の興味を惹いたのは在日米軍の記事ではなく、当時日本でも流行っていた映画「007」シリーズの劇画だった。主人公のジェームズ・ボンドが活躍するスパイ活劇である。他には、100枚のレコードと題された特集記事が目を引いた。

 

「バーズのこのレコード、聴いてみたいな」

「ミスター・タンブリンマンか、ちょっと待ってろ」

 

Sはそう言って席を立つと、喫茶店のオーナーの元へ曲をリクエストしにいった。オーナーは、発売されたばかりのそのレコードをかけてくれた。ボブ・ディランの曲をカバーしたザ・バーズのこのアルバムは、全米でNo,1ヒットを記録していたが、反戦歌などのプロテストソングを歌うボブ・ディランの曲ということで、基地内のレコードショップでは売られておらず、FENのラジオ放送でもかかることがなかったのだ。

 

米兵たちがこうした曲を聴きたいときは、ヴィレッジの外に出て立川の商店街にあったレコード店へ行くか、基地の外にある音楽喫茶で聴く以外には方法がない。メンフィスでは、そうした基地内では聴けないようなレコードを仕入れて店内で流すようにしていたのだった。

 

1965年に発売されたザ・バーズのデビューアルバム。

 

ノエルと少年Sのお気に入りは、ローリング・ストーンズやキンクスなどのロックや、ジェームス・ブラウンなどのソウルで、やはり不良の香りがするミュージシャンのレコードを好んで聴いていた。バーズのレコードを聴きながらSが言った。

 

「やっぱり、ストーンズのサティスファクションが最高だな!」

「うん、キンクスのユー・リアリー・ゴット・ミーもカッコいいよ」

 

ノエルはそう言って、ふたたび雑誌ボーイズライフの記事に目をやった。小説や戦記物などのノンフィクションの他、宇宙人やアンドロイド、謎の生物や地球空洞説などの空想科学から、ベトナム戦争、海外取材による部族・秘境の紹介など、いかにも10代の少年が好みそうな記事ばかりだ。

 

1965年の11月になるとベトナム戦争が開戦したことで、立川基地は米軍の軍事拠点として大きな役割を果たすようになる。1963年には最高裁判所で争われた砂川事件もやっと落着し、在日米軍側の主張を受け入れるかたちで判決がおりた。それから間もなくベトナム戦争が勃発したために、リチャードは指揮官として引き続き立川基地に勤務することになった。また、そこから北西の7km先には、米軍の横田基地が整備されたことで、次第に横田と立川を行き交うことも増えていた。

 

一方、キヨの職場は相変わらず米国大使館別館のなかにあったが、砂川事件を発端に拡大しつつあった全学連などの左翼運動への対策を行うために、CIAはさまざまな諜報活動を展開していた。なかでも日本におけるアメリカの影響力を弱めるために、ソ連共産党中央委員会の国際部副部長としてさまざまな諜報活動を指揮していたイワン・コワレンコらの対日工作に対して神経を尖らせていた。

 

ベトナム戦争が激化していくなか、安保闘争は大きな社会的うねりを伴って、次第に反政府・反米闘争の色合いを濃くしていく。CIAでは、砂川事件に参加していた全学連などの集団に注意をはらい、日本の警察と協力しながら、それら左翼運動家の囲い込みに躍起になっていたのだった。

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