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オリジナル小説「秘密の八重歯」第四章 – 7

練馬から送られてきた、まさかの手紙

少年Sは、警察にマークされるほどの札付きのワルだった。昨年だけでも2月、3月、6月に補導されており、保護観察処分の身であったが、実際にはその処分がおりてはいても有名無実化されて自由奔放に振る舞っていた。父親が白バイ警官だったこともあるだろう。1968年5月には、強盗容疑で昭島署に逮捕され、懲役10カ月、執行猶予3年の実刑判決まで受けていたのだ。

 

立川署では、6月24日に起こったサラリーマンの暴行と恐喝事件をSを含む仲間3人の仕業と睨み、捜査を進めていた。被害者からの裏取りもすでに取れており、真っ先に少年Sを逮捕しようと手ぐすねを引いていたのだ。

 

一方、賭博師Oは、現金強奪の計画について、ある人物と連絡を取り合っていた。帽子を目深にかぶった背の高い40歳くらいの紳士である。帽子の男には、Oが進めている現金強奪の進捗状況を細かく伝えていた。男は闇の組織に属しており、Oは彼から雇われてこの計画に携わっている。ニセの警察官が現金輸送車を襲って車ごと現金を強奪するという元々の案も、男から伝えられた計画である。

Oからの報告は、公園などで男と会って直接口頭で報告するのが決まりだった。傍から見れば、中年の男2人が世間話でもしているように見えるであろう。Oは、ノエルが考えたニセの白バイ警官を護衛する計画について男に話をした。

 

「その件に関しては、あらためてこちらから指示を出す」

「了解しました」

 

帽子の男は、茶封筒をOに渡して公園のベンチから立ち上がると、広場を横切って姿を消した。封筒の中には一万円札が10枚入っていた。Oは、封筒を胸のポケットにしまうと、公園の駐車場に駐めているスカイラインGT-Bに乗って家路に着いた。

 

少年Sの元に立川署の刑事がやって来たのは8月4日のことだった。その時、Sは出歩いていて家にはおらず、2人で来た刑事は立川署へ出頭するようにと母親に伝えて帰っていった。立川のゴーゴー喫茶から深夜に帰宅したSは、母親にそのことを聞かされても平然としていた。自分にはそんな覚えはないと言ってまた家を飛び出して行ったのだ。

 

Sは、新宿に住んでいるゲイボーイKのマンションを訪ねて、しばらくそこに泊めてもらうように頼んだ。Kと知り合ったのは、Sがクルマを盗もうとしているところを持ち主のKに見られたのがきっかけだった。三角窓を割ろうとしているときにKからそれを咎められたSは、そこでしらばっくれて他愛のない言い訳をした。

 

Kはすぐに窃盗犯だと気づいたが、Sが好みのタイプだったこともあり、深夜から朝まで営業している近くの喫茶店「白十字」で、もっと話しましょうと言ってSを誘ったのだ。それ以来、少年SとゲイボーイKの付き合いがはじまったのだった。

(後にKは、Sと出会ったのは秋頃と証言することになるのだが、実際は夏前から出会っていたのだ)

 

 

一晩そこに泊めてもらったSだが、ここにやって来た経緯をKに話すと、自ら警察に出頭したほうが身のためだと強く説得され、仕方なく実家へ帰ることにした。Sは、家に帰る途中でノエルに電話をして事情を説明した。

 

「まずいことになった。この間のカツアゲの件で警察が昨日、家を訪ねてきたらしい」

「なんだって?」

 

「このまま逃げ回っていれば、いずれはオマエらにも迷惑がかかっちまう。大丈夫だよ、この程度の罪なら大したことはない。すぐに戻ってくるから安心してくれ」

「おい、本当に大丈夫か?」

 

「ああ、大事なヤマも残ってるしな。もし、2、3日でオレが出れずに連絡がつかないときには、Oさんにもよろしく伝えといてくれ。心配せずに待っててくれとな」

Sは、そう言い残して電話を切った。

 

それから家に帰ると、父親はすでに出勤して留守だったが、母親が心配そうな顔をしてSを出迎えた。そして、午後にふたたび家にやってきた刑事2人から令状を見せられたSは、抵抗することなく彼らのクルマに乗せられて立川署へと連行されていった。犯行について自供したSは暴行と恐喝容疑で逮捕されたのだった。こうした少年Sの相次ぐ非行によって、警察官である父親の昇進は無くなったも同然だった。

 

Sの逮捕から一週間が経って、未だに音信不通であることを危惧していたノエルは、少年からの手紙でSが練馬の少年鑑別所に入れられたことを知る。手紙の内容はすべて監視官が検閲するため、内容はとりとめのないものだったが、ノエルは手紙というSからは想像できない知らせと、その内容から、Sが少年院に入れられたことを悟ったのだった。手紙にはこう書かれていた。

 

 

ー「まさか、こんなことになるとは思わなかったよ。僕はいま、自由のきかない場所にいる。君から借りている何枚かのレコードは、しばらく返すことができなくなってしまった。申し訳ない、センパイにも君から謝っておいてほしい。自由の身になったら、すぐ連絡します」ー

 

ノエルの家は、治外法権である米軍基地のなかにある。たとえ住所などが警察に知られても、日本警察がノエルに対して何の手出しもできないことは、Sにもよくわかっていた。また、Sの逮捕から数日後には、暴行と恐喝の共犯者3人は全員検挙されており、それ以上Sの周辺を洗おうとする者はいなかったのだ。

 

ノエルは、すぐにセンパイOへと相談しに行った。

「まずいことになったな・・・」

「はい」

 

「代役を立てようにも、そう簡単には行かないしな・・」

「Sが出てくるまで待ちましょう」

 

「問題は、いつ出られるかだ。最低でも半年くらいはかかるぞ」

「半年も?」

 

「そうだ・・うまく行けば不処分となって数カ月で出られることもあるが、期待はできない。例の計画は、オレたち2人で実行するくらいの心づもりで進めるしかなさそうだな」

 

Oは、そう言うと冷蔵庫からビールを持ってきて、コップに注いでこう言った。

「まあ、飲めよ。どんな逆境に陥っても仲間を裏切らずに最後までやりとげるのが本物のチームっていうもんだ」

「いただきます!」

 

ノエルとOは、不思議とウマが合った。ノエルはSとは違って本物のワルにはなりきれないところがある。米空軍の佐官という父をもつノエルは、祖国を信じて国を守ることに対して疑問を感じたことはない。父と同じ道を歩もうとは思わないが、カーレースに情熱をかけることも、空を駆け巡って飛行技術を鍛えている空軍パイロットと同じ精神を感じていたからだ。

 

 

 

元警察官のOからは、ヤクザとは一線を画した信念のようなものをノエルは感じとっていた。単なるチンピラであれば、卑劣な一面が見えてくるものだが、Oにはそうした卑怯さは感じられず、計画しているヤマについても確固たる意思をもって動いているのが伝わってきたからだ。

 

8月に行う脅迫は、当初の予定を縮小して多摩駐在所に絞って進めることになった。Sのいない穴を埋めるのではなく、規模を縮小して慎重に最後の脅迫を2人で行うことで話はまとまった。ただ一つ、脅迫の前にやらなければならないことは、新しいクルマを調達することだけだった。

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