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オリジナル小説「秘密の八重歯」第四章 – 8

盆の月に羽ばたいた青い鳥

8月の現金輸送車の追尾は23日に行うことになった。何故なら、25日が日曜日で東芝の給料日が前倒しになるのを事前に調べて知っていたからだ。給料日の確認は簡単である。東芝の社員を装って経理部に電話をすれば簡単に教えてもらえたし、給料日に合わせてチラシを刷る印刷会社や生協、商店街ならどこでも知っていることだったからだ。

 

この追尾行動に向けて、ノエルはクルマを1台調達しなければならない。ノエルはまず、少年Sがスカイラインを盗んだ保谷市のひばりが丘団地を偵察した。団地には何台もクルマが駐車されていたが、団地の路上に駐められていた濃紺色のニッサンブルーバードに目星を付けた。今まで追尾に使っていたスカイラインとは色が異なるし、駐車場から離れているので人目も引かなそうだ。

 

ニッサン ブルーバード510型(1967年〜1973年)

 

8月13日の夜中、レーシングチームから借りたホンダのカブCM90で、ノエルはひばりが丘団地に到着した。ちょうどお盆を迎える日で帰省のためだろうか駐車場の車は少ない。熱帯夜の夜だったが深夜のため団地内はひっそりと静まり返っている。ブルーバードがあった路上に歩いて行くと、運良く同じ場所にクルマが駐まっていた。ノエルは、辺りを見渡して人影がないのを確認すると、三角窓を割ってドアの鍵を開け、コードを直結してエンジンをかけた。そして、ライトを消したままその場所からクルマを移動すると、ゆっくりと団地を出て小金井の本町団地へとクルマを走らせた。

 

ノエルは、本町団地内の駐車スペースにブルーバードを駐めると、団地を出て小金井街道まで歩き、そこからタクシーを拾った。タクシーでひばりが丘団地までは25分ほどだ。もし、盗難が明るみになればバイクを駐めたままでは危険である。ひばりが丘団地は、何事もなかったかのように静まり返っている。ノエルはホンダのカブのエンジンをかけると、自宅のあるヴィレッジへと帰っていった。

 

次にノエルが目を付けたのは小平市のブリヂストン社員アパートに置かれていたスカイライン1500だった。センパイOからは、3台のクルマが必要だと聞かされていたし、次に盗むのはスカイラインにしようと決めていた。Oの愛車である白の2000GT-B、少年Sが盗んだシルバーグレーの2000GTには強いシンパシーを感じていたのもある。

 

当時のプリンス スカイラインといえば、レーサーを目指すノエルにとっては憧れのクルマだ。日本グランプリでポルシェを一度は追い越した伝説のクルマ、“羊の皮を被った狼”とはまさにこのスカイラインのことである。

 

1969年、日本グランプリでポルシェと死闘を演じるスカイラインGT-R。Photo by webモーターマガジン

 

ノエルは、最後の脅迫となる8月22日の前日の深夜、小平市のブリヂストンアパートへとホンダのカブで向かい、アパート脇の駐車場に駐めてあったアイボリーのスカイライン1500をブルーバードと同じ手口で盗み出すと、小金井本町団地の別の場所へと運び入れた。そして、前回と同様に小金井街道からタクシーを拾ってブリヂストンアパートへ走らせると、カブCM90に乗って家路についた。

 

一方、最後の脅迫状はそれまで通りセンパイOが用意した。今回は、小学校低学年用の学習ノートのページ4枚に赤のダーマトを使って書いた。1枚めには、大きな字で“果し状”と書かれている。学習ノートを使ったのは、子持ちの家庭を装った捜査撹乱が狙いである。今回は、封筒に入れて直接多摩駐在所へ郵送で送ることにした。1日余裕をもって、現送車が動く前日の22日に到着するように脅迫状は投函された。 

 

ー「この前はやりそこねで、でんわでいったことが、うそになってしまいわるかったが、人の家はむずかしいが、きっとやってみせる、こんどもっと、もっと、いいじげんそうちを、はつめいしたので二十三日に二けん、もやし、それがうまくいったら、二十五日に三げんもやして、みせてやる、こんどは、じっけんも、すんでいる。失敗はない、ごぜん中に一どに、もえだすぐらいに、しかけておく。つけるうちは きまっている。はじめは、かそうばの、うらのほうと、たまがわせんの近くで、つぎは、しけんじょうの近くと、もみじがおかと、朝日町一丁目近だ。よげんどうりにいけばみんなもおどろく。(後略)」ー

 

脅迫状の差出人欄には、“市内朝日町一丁目二番地 中上大二郎”と書かれていたが、これは偽名であり該当者はいなかった。消印は21日午前8時〜正午の間で、武蔵府中郵便局管内のポストから投函されている。多摩農協から多摩駐在所へと続いてきた脅迫は、これを最後に終わった。

 

最後の脅迫は、郵送による脅迫上の送付のみで、電話による脅迫は行われなかった。4月25日から8月22日にかけて行われた一連の脅迫は、以下の日付けに行われた。すべて、東芝の給料日やボーナス日に向けて現金が輸送車で運ばれた日であり、時間も午前9時10分くらいから現送車がスタートするタイミングに合わせて警察が動き始めそうな時間帯を狙って行われている。

 

<多摩農協、多摩駐在所への脅迫事件>

4月25日 多摩農協に1回目の脅迫(多摩農協にOが電話) 東芝給料日(現送車をOが追尾)

5月25日 多摩農協に2回目の脅迫(府中市役所にOが電話) 東芝給料日(現送車をOが追尾)

6月14日 多摩農協に3回目の脅迫(綿新にOが電話) 東芝ボーナス日(現送車をOが追尾)

6月25日 多摩農協に4回目の脅迫(府中ガスにOが電話) 東芝給料日(現送車をSとNが追尾)

7月25日 多摩農協に5回目の脅迫(教師宅にOが電話) 東芝給料日(現送車をSとNが追尾)

        多摩駐在所へ1回目の脅迫(駐在所にOが電話)

8月22日 多摩駐在所へ2回目の脅迫(多摩駐在所へOが郵送) 東芝給料日(現送車をNが追尾)

 

23日の朝、日本信託の現送車を追尾したのはノエルである。前日に盗んだばかりのスカイライン1500ではなく、盆の日に盗んだ濃紺のブルーバードのほうを選んだ。6月と7月の追尾にはシルバーグレーのスカイラインを使っている。色と排気量は違っても、毎回スカイラインが追いかけてくるのは不自然だと思われるかもしれないからだ。

 

8月23日も、現金輸送ルートは変わらなかったが、ノエルはどこから白バイ警官が現れて現送車を停めるのが良いのかをイメージしながら走った。いくら30kmのノロノロ運転とはいえ、数秒間でもタイミングを外したら、現送車を取り逃がしてしまいかねない。

 

国分寺街道から学園通りへとバイパスできる抜け道。 事件当時には、進入禁止の標識が設置されていない。 ※毎日グラフ 1968年12月29日号より 

 

現送車を追って国分寺街道から学園通りへと明星学苑前の交差点を右折したとき、ノエルは国分寺街道と並行して伸びる抜け道があることに気づいた。この道だ!”通常ルートをバイパスできる上に、物陰があって目立たない。本来であれば、明星学苑前の交差点で待機するのが理想である。しかし、交差点の交通量を考えると白バイは人目に付きすぎるのが難点だ。

 

現送車は、法定速度の30kmを維持したまま府中街道を抜けて、東芝府中工場へと入っていった。いつもと同じコースだが、ノエルは現送車を追尾しているときにある疑問を感じていた。それは、現送車がいつも決まったルートしか走らないことだった。

 

日本信託銀行を出て、国分寺街道に入り中央線のガードを越えたらすぐの南町二丁目を右折すれば、府中街道に通じることはノエルも知っている。輸送ルートを変えなければ現送車が襲われるリスクも高まるはずなのに、何故いつも同じルートを通るのだろうか?

 

<実は、日本信託銀行では現金輸送ルートが予め決められており、国分寺街道を直進して学園通りを右折するAルートと、南町二丁目交差点を右折して府中街道から向かうBルート、さらに2つのルートを適宜迂回して向かうCルートの3つがあった。どのルートを通るかは、当日資金係長から伝えられ、それに従って運転手がクルマを走らせるという約束事があったのだ。ただしBルートは、国分寺駅南口前を通過するために渋滞が起こりやすい。目的地になるべく早く到着するには、Aルートを通るほうがスムーズだったのだ>

 

ノエルは、現送車が東芝へと入るのを確認すると、出口付近でクルマを停めて現送車が出てくるのを待った。8分後に出口から現送車が出てくるのを確認したノエルは、ふたたび現送車を追尾した。現金輸送を無事に終えた行員たちは、リラックスした表情で社内で語り合う様子が後ろから見ていても感じとれた。

 

現送車は、走ってきた学園通りからのルートではなく、府中街道から国分寺駅南口の前を通る別のルートで銀行へと戻っていった。府中市武蔵台から国分寺市南町まで通じる多喜窪通りを走るコースだ。南町二丁目を左折して、中央線のガードをクルマが潜るのを確認したノエルは、“やっぱりそうか”と呟いた。それは、先ほどノエルが考えていたもう一つのルートそのものだったからだ。

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