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オリジナル小説「秘密の八重歯」第四章 – 12

具体的に示された周到なる計画

9月25日の東芝給料日、国分寺の日本信託銀行から出発した現金輸送車を追尾した後、学園通りから国分寺街道の栄町周辺をロケハンしたサニーデラックスは、国立にある賭博師O宅の庭でエンジンを止めた。Oは2人を自宅のなかへ招き入れて、居間のソファへ座るようにと促した。

テーブルの上には、現金輸送コースとなる国分寺から府中までの地図が重ね合わされてボードに貼ってあった。

 

Oは、赤ポッチのついたピンを日本信託銀行の位置に刺した。そして、2番めのピンを東芝府中工場に刺してからこう言った。

「まず、知っての通りに1番目のピンは日本信託銀行だ。ここから現送車が出発する。そして、殿ヶ谷戸の陸橋(中央線のガード)を潜って現送車は南町2丁目を直進するだろう」

 

Oは、ノエルの顔を見ながら話を続けた。

「ノエが心配しているのは、この交差点を現送車が右折しないかという点だったな? 現送車が東芝へ向かうルートは、直進して学園通りを通るいつものルートと、交差点を右折して府中街道から向かうルートの2つしか考えられない。直進をAルート、右折をBルートと仮に呼ぶことにしよう」

 

ノエルと少年Sは、納得してうなずいた。

「現送車は、恐らくAルートを通るだろうが、もし万が一Bルートを通るようなら、その日の計画は中止にするしかない」

 

Oがそう言うと、Sが口を挟んだ。

「Bルートを通る可能性はあるんですか?」

「可能性はゼロではない。オレは、強奪のXデーを12月のボーナス日に定めている。通常の給料日の倍くらいの現金が運び込まれるはずだ。そうなれば、運転者も警戒していつもと違うコースを通ることも十分に考えられる」

 

さらにOは続けた。

「そして、さっき視察してきた栄町の抜け道にある空地、ここを白バイが待機する場所とした場合、一つ問題がある。白バイが空地にずっと停まっていたんでは人目に付いちまう。そこで、当日は現送車の前を1台のクルマが走り、少し先で待機しているニセ警官に合図を送るのが良いとオレは考える」

 

南町2丁目から国分寺街道を南下すると間もなくある路肩。古い石垣の階段がある。

 

「どの場所から知らせるんですか?」

ノエルがそう聞くと、Oはこう答えた。

「南町2丁目を直進すると、少し路肩の広い場所がある。古い石垣の階段が目印だ」

 

そう言って、Oは3番目のピンを地図の場所に刺してからこう言った。

「この場所に、Sが乗ったクルマを待機させる」

「白バイではなく?」

 

「そうだ。白バイ警官に変装するのは犯行の直前のほうがいい。停車しているクルマに制服の警官が乗っているのは不自然だ。もし、パトカーが横を通ったら不審に思われる。だから、上にコートを着てカモフラージュしてもらう」

 

ノエルとSは、黙ってOの話を聞いている。

「ノエからのパッシングは、犯行のGOサインだと思ってくれ。合図を確認したら、急いで栄町の空地に向かうんだ」

 

<事件当時、栄町には現在のような交差点は無かった。東八道路(都道14号)の工事が始まるのは、昭和50年代に入ってからのことである。また、国分寺街道から学園通りへの抜け道が一方通行で進入禁止になるのは、この事件以降のことだった>

 

 

Oは、4番目のピンを抜け道にある空地に刺してからこう言った。

「国分寺街道はとにかく道が狭い上に人通りも多い。だから、現送車もきっちり30kmをキープして走っている。つまり、この道を60km程度で走れば、十分に時間を稼ぐことができる」

 

「しかし、それでも着替えをして白バイに乗り換えてる間に、現送車は行ってしまうんじゃないですか?」

「うん、そのためにも現送車の前にクルマを走らせるんだ。途中の信号が黄色になったらブレーキを踏んで時間を稼ぐ。30km以内をキープして、ゆっくり現送車を先導するのさ。もしも間に合わなければ、その日は実行しなければいい」

 

Oは、そう言うと5番目のピンを抜け道の出口地点に刺してこう言った。

「ニセの白バイは、この物陰で待機する。時間が間に合えば、先導車に続いて現送車が通過するだろう。それを確認したら、赤色灯を点滅させながら現送車に近づいてクルマを停止させるんだ。そして、発煙筒をダイナマイトに見せかけてクルマを奪って逃走する」

 

Oは、そう言って学園通りの府中刑務所前に6番目のピンを刺した。

「もし、うまくクルマを強奪できなかったり、行員たちに反撃されたときは先導車のノエルが助けに行く。バイクはそこに置いたまま、先導車で逃走するのがいいだろう。ニセ白バイでは目立ちすぎてすぐに捕まっちまうからな」

 

さらにOは、話を続けた。

「現送車の強奪がうまく行ったら、すぐ先の府中街道を右折するんだ。そして、交通量の少ない場所に停めてある別の車に、現送車のトランクに入っているジュラルミンケースを移し替える」

Oは、そう言って西本町3丁目の七重塔跡付近にピンを刺してからこう言った。

「この場所は、絶好のポイントだ。人通りは少なくて笹が茂っているから人目にもつかない。現ナマを移し替えたら、現送車はこの場所に乗り捨てる」

 

ノエルとSは、真剣な眼差しで話を聞いている。

「現ナマを積んだクルマは、ノエルが運転してアジトへと向かう。Sは、警官の制服からそこで普段着に着替えて、ノエルが乗ってきた先導車に乗って同じアジトへ向かってくれ。そこで、2人で急いでジュラルミンから現ナマを先導車に入れたら、ジュラルミンは逃走車に戻して団地の駐車場に乗り捨てるんだ」

「現ナマを積んだクルマは、どこに逃げるんですか?」

 

 

Oは、落ち着いた口調でこう言った。

「ノエルが自由に出入りできる立川基地さ。基地内に無事に入ったらそこでしばらく様子見だ。誰も怪しんでいないようなら、こっそり現ナマをカバンに詰め込んで、クルマは適当な場所に乗り捨てればいい。なるべく目立たない場所だ」

 

ずっと話を聞いていたノエルがこう質問した。

「そうすると、少なくとも白バイに乗り換える場所でクルマを1台、そして現送車を奪った場所で白バイ、さらにジュラルミンを載せ替えた場所で現送車を乗り捨てることになりますね」

「その通りだ。白バイもクルマもすべて盗難車を使うから足がつかない。クルマやバイクを乗り捨てるのには意味がある。複数犯であれば、そもそもクルマを乗り捨てる必要はない。乗り捨てられているのは、この犯行が単独犯によるものという印象を与えるのが一番の狙いだ」

「なるほど・・」

 

ノエルは、Oの周到な計画を聞いて感心した。それを見て、ニヤリと笑ったOはこう言った。

「次の現金輸送日には、追尾ではなく現送車の先導とバイクへの乗り換えのリハーサルを行おう。オレのほうは、後ろからオマエらの動きを確認して、問題がないかどうかをチェックする」

「了解です」

ノエルと少年Sは、挨拶をするとサニーに乗ってセンパイOの家を後にした。

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