裏シティポップ街道を行く 〜シティポップの隠れ名盤〜 その5
石黒ケイ「アドリブ」
今回は、1980年に発売された石黒ケイの「アドリブ」を紹介しようと思う。石黒ケイは、1977年のデビュー以来、シングルを12枚、自主制作を含めてアルバムを19枚発売してきたシンガー兼女優。この作品は通算4枚目となるアルバムで、最大の売りはジャズ界の大物アルトサックス奏者アート・ペッパーが参加している点だろう。
かつて、筋金入りのペッパーファンだったわたしは、アナログでペッパーのレコードをコンプリートするほどの熱の入れようだった。しかし、当時どうしても入手できなかったのが、何を隠そうこの石黒ケイのアルバムだったのだ。1980年代中頃、アート・ペッパーの「モダンアート」と出会って以来、ペッパーが吹き込んだものは、リーダーアルバムからゲスト参加したものまで、片っ端から揃えるためにレコード屋を駆けずり回ったのを覚えている。
現在のように、ネットオークションやアマゾンなど無い時代である。廃盤となっているレコードは、中古レコード屋で探す以外に方法はなかった。いま思うと、なぜこのレコードだけ手に入らなかったのか不思議だが、おそらく歌謡曲然としたジャケットの装いもあって、なんとなく敬遠していたというのが真相だろうと思う。
さて、アルバムを実際に聴いてみると、日本独自の“THE ジャズ歌謡”とでも呼ぶべき佳曲が並んでいて、目から鱗が落ちる思いだった。当時、まだ20代だったわたしがこのアルバムと出会ったとしても、おそらくこの良さは理解できなかったに違いない。このアルバムには、山崎ハコによる楽曲提供が3曲、五木寛之が作詞したイタリア民謡、石黒ケイ自身による自作曲など全10曲が収められているが、全体が郷愁を帯びた大人の雰囲気で覆われており、年を経たいまの自分だからこそ心に響いてくるような気がするからだ。
一曲一曲の歌詞や旋律は、昭和歌謡そのものなのだが、伴奏と編曲をジャズミュージシャンが担っており、アート・ペッパーのアルトサックスや北村英治のクラリネット、トゥーツ・シールマンスのハーモニカなどの合いの手が絶妙で、演歌とジャズの中間にあるような石黒の歌唱法と溶け込んでいる。
山崎ハコ作詞作曲の1曲目「暗闇のラブソング」のイントロから、いきなりアート・ペッパーのアルトサックスが炸裂するが、こうした歌謡曲的な音階で吹くペッパー節ははじめて聴くものだ。ペッパー自身、どんな思いでレコーディングしたのか興味あるところだ。
2曲目「憎いあんちくしょうのブルース」では、トゥーツ・シールマンスのハーモニカが哀愁のメロディをリードしていくようにフューチャーされ、途中のソロでも枯れた味わいを聴かせてくれる。
次の3曲目から最後の曲にいたるまで、そのすべてがシングルカットされてもおかしくないくらいの佳曲がそろっており、何度聴いても飽きさせない不思議な魅力がある。そして、聴くものを晩秋の枯れ葉が舞う夕刻の時間帯にいざなってしまう魔力のようなものさえ感じさせるのである。
“裏シティポップ街道”その2で紹介した、いしだあゆみのアルバムの世界観と共通するような、都会的で大人の雰囲気をもったジャズ歌謡。もし、こういう路線があるなら、石黒ケイのこのアルバムはその極めつけの一枚といって良いだろう。
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