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ライカの来歴 Leica M3 Black Paintを振り返る

かつて、私が所有していたライカM3ブラックペイント

写真好きの知人から、ある日メールで連絡が届いた。「あなたがが持っていたM3のブラックペイントが、あるお店で売られてるのを見ました」とのこと。このライカと別れて、すでに18年近く経つだろうか。この、どこから見ても後塗りに見えるM3の軍艦部(トップカバー)は実は交換されている。1990年代後半、ライカの輸入代理店をしていた銀座のある店では、ライカM型の軍艦部交換サービスというのを行なっていた。    ただし、交換が行えるのはクロームメッキとブラッククロームのみのようで、わたしが持っていたブラックペイントのパーツは無いものだと思っていた。ある日ダメ元で問い合わせてみると・・なんとそれがあるというのだ! 

ライカに少しでも詳しい方ならご存知だろうが、ライカにはシリアルナンバーが刻印されており、そのシリアルの個体がどんな仕様で何年に出荷されたのかが分かるようになっている。

Leica Bookという手帳には、その年代と仕様の内訳が網羅されていて、コレクターはその手帳を片手にウインドウのライカとにらめっこするのが常である。   わたしのM3のシリアルナンバーは、1961年に製造されたM3ブラックペイントに該当し、3,010台しか存在しないブラックペイントのうちの1台ということになっている。件のお店からライカ本社に問い合わせをしてもらうと、数カ月後に電話がかかってきた。

 

「お客さんがお持ちのライカのシリアルナンバーは、103****で間違いないですか?」

「ハイ、間違いないです」

「それでしたらパーツ交換可能ですので、カメラを持って当店へお越しください」

 

わたしは、心のなかで「やった!」と叫んだ。このライカはお店で軍艦部が取り外され、そのパーツは海を渡ってライカ本社へと送られ、代わりの軍艦部が届いたら、それを確認した上で料金を払えば、元通りに取り付けられて自分の元へと戻ってくるという仕組みだ。少々面倒なのと時間はかかるものの、これを試さない手はない。

 

このライカは、音楽の都ウィーンの「Leica Shop」からやってきた!

そもそも、わたしはいつどこで、どのようにしてこのライカと出会って購入したのか、その経緯について触れてみたい。1999年頃、ライカをコレクションしていたわたしは、世界的にも有名なウィーンのライカショップから、何度か通販でレンズを購入していた。クレジットカードでの購入だが、ショップの対応は安心できるものだったので、定期的にホームページを見るようにしていると、ある時 Leica M3 B.Paint と書かれたタグを見つけたのである。現在のように克明な写真は載ってないが、詳しくそのカメラの特徴が記されている。

 

 

「このM3はブラックペイントのトップを持ち、シリアルもそれに該当するが、一部のパーツはクロームのものである」とあり、価格は$3,600くらいであった。わたしは1週間ほど悩んだ末にこのM3を購入することにした。当時のM3ブラックペイントの価格は130万くらいが相場である。賭けではあるが、この機会を逃したら一生このカメラを手にすることはできないだろう・・そう思ったのだった。

 

それから2週間ほど経って、税関からある封書が届いた。ライカM3のブラックペイントとなると当局も中身をチェックするらしく、関税として1万3千円ほどの追加料金が発生したのだった。追加の税金を振り込むと、ほどなくして郵便局からLeica Shopのスタンプが貼られた小包が届いた。

 

 

恐るおそる小包を開封してカメラを確認すると、軍艦部は確かにブラックペイントである。しかし“耳”と呼ばれる金具部分と背面のフィルム感度表がクロームになっている。カメラの挙動は問題なく、シングルストロークの巻き上げもスムースである。なるほどこういうことか・・・$3,600というのは、おおよそ普通のM3(クロームメッキ)の倍くらいの料金設定でありその値付けについては、ほぼほぼ妥当といえる水準だろう。

 

その後のライカM3の運命はいかに!?

ウィーンから遥々とわたしの元へとやってきたM3だが、どうも気に入らない。やはり、オリジナルと同じように“耳”と裏蓋の丸いフィルム感度表もブラックペイントでなくては・・・。しかもクロームメッキの上からではなく、メッキをすべて剥がして真鍮の地金にエナメルブラック塗装されたものでなければ本物とは言えない。こうなると、万人には理解不能なビョーキの域である。    いてもたってもいられなくなったわたしは、ライカの後塗りを低価格で請け負ってくれるというある店に、このM3を持っていった。事の顛末を話すと「いいですよ、やりましょう」との返事だった。しかし、ここに頼んだのは失敗だった。再塗装が終わるまで、実に半年近く待たされたのだ。なかなか塗装に着手しない店主にしびれを切らして催促しても、のらりくらりとした返事しか返ってこず、終いにはキャンセルしたい旨を告げると、ようやく「明日から取り掛かります」との返事。もう、いい加減にしてくれという心境だった。

 

 

それから数日後、この店主から連絡があり「やっと終わったか!」と思ったのもつかの間、店主が発した話に仰天した。なんと、このM3ブラックペイントは偽物だったのだ。店主によると、ライカはトップカバーを外すと内部にも製造年代が分かる印のようなものがあり、それとシリアルナンバーが合致しないのだそうだ。また、再塗装のためにペイントを剥がしていくと、元のシリアルの刻印を埋めて偽のシリアルを打刻した形跡がはっきりと残っているというのだ。

 

こちらの狼狽をよそに、店主は「ご報告のためにお伝えしたまでです。トップカバーは再塗装してシリアルナンバーも元に戻しておきます。ただ、作業が終わるまでにもうすこし時間をください」と言って電話を切った。いま思えば、わざわざ電話してきたのは時間の猶予がほしかったからなのだろう。それからまた数カ月待たされて、ようやくこのM3は戻ってきた。しかし、その素性を知ってしまうと愛着というものは薄れてしまうもので、しばらくの間このM3は防湿庫の隅で眠っていた。そして、あるとき思い立ってトップカバー交換へと至ったのだった。

 

ライカ本社から送られてきたM3ブラックペイントの軍艦部

M3ブラックペイントのトップカバーに話を戻そう。銀座のライカ代理店からは、トップカバーが届いたのでボディに取り付ける前に実物を確認してほしいとの連絡があった。電話では「間違いなく、当時のブラックペイントのスペアパーツです」とのことだったが、お店で実物を見てみるとどうもおかしい。確かにM3のブラックペイントなのだが、裏側がクロームメッキされているのだ。わたしは、首をひねりながらこう聞いてみた。

 

「お宅のショップは信頼していますが、このパーツが確かにライカ社のものであるという証明はありますか?」

 

すると、担当者はしばらくお待ちくださいと言って、何やら伝票のようなものを持ってきて見せてくれた。ライカ社のインボイスの写しである。そこには、シリアルナンバーの横に「このトップカバーがオリジナルのブラックペイントであることを証明する」と英語でしっかりと記されていた。わたしは、お金を払う際にそのインボイスの写しを一枚欲しいと頼んでみた。店員は、それに快く応じてくれたのだった。

こうして、晴れて自分の元へ戻ってきたM3だが、どうしてもトップカバーの裏側のクロームメッキのことが頭から離れなかった。もちろん、傷さえつけなければ地のクロームメッキが出てくることはない。しかし、ライカ社のブラックペイントは塗装膜が弱く、使っているとすぐに剥げてきてしまうのは周知の事実である。また、このM3にぴったりと合うレンズがないのも不満だった。そこでわたしは最後の手を打つことにしたのだった。

 

カメラ後塗りの名人「高橋七宝塗装室」の門を叩く

高橋七宝塗装室とは、中古カメラ業界ではよく知られた工房である。高橋兄弟が営業していたその店は大田区の町工場にあり兄弟揃ってのカメラ通でもある。もともとは金属塗装の工場だったが、趣味で塗装をしていたモデルガンからカメラへとその対象は発展し、わたしが訪れた当時は常にカメラ塗装のバックオーダーを数ヶ月先まで抱えているという名匠の誉れ高き工房だったのだ。

 

 

わたしは2000年のある夏の日に、このM3に合わせるズミクロン50mm F2と、以前から愛用していたM2とズミクロン35mm F2を持って高橋七宝塗装室を訪れた。高橋兄弟はお二人ともとても気さくなお人柄で、ライカやブラックペイントに関していろいろな話を聞かせてもらった。わたしのM3を見せると、すぐその場で「これはライカのペイントですね」とおっしゃったので、さすがにプロだと関心したものである。

 

 

高橋氏の話では、かつてわたしとよく似たケースでM3のブラックペイントをドイツのライカ社へ持ち込んでトップカバー交換をしてもらった方がいたそうだ。氏曰く「でも、何かおかしいと思ったのでしょうね・・結局、こちらで再塗装してほしいと依頼しに来られたんですよ」とのことだった。この話を聞いて完全に辻褄が合った気がした。ライカ社では、他のM型ライカと同じようにブラックペイントのライカでもトップカバーの交換は行なってくれるが、そのペイントは真鍮への直塗りではなく、クロームメッキの上からペイントする二重塗りだったのである。

 

また、ライカのシリアルナンバーをよく観察すると、打刻されている位置が通常よりも左に寄っているものがある。このトップカバーがまさにそれで、これは同じシリアルナンバーが混在していた場合に、その2つを区別するために印を付けるための余白であるというのが真相のようだ。つまり、仮に同じシリアルナンバーのM3が整備のためライカ社へ送られた際、ライカ社ではそれを記録に控えておき、わたしが持っていたM3がさらに整備のためにライカ社へ持ち込まれた際には、先の個体と区別するために追加の刻印を加えるための余白なのだと推測できるのである。

 

以上が、このM3ブラックペイントの個体についてわたしが知りうる情報だ。ちなみにこのM3は、2002年頃にズミクロン50mm F2とセットで委託に出したところ、しばらくしてどなたかの手に渡っていった。忘れられないのは、ある雑誌に中古ライカの目玉商品としてこのM3が大きく取り上げられたことだ。それから現在までの行方は分からないが、先日の知人の話からすると、まだ日本のどこかで大切に保管されているのではないかと想像できる。いろいろ訳アリの変遷を経たこのM3だが、おそらくはオーナーが何度代わっても、大切にされて余生を過ごすことだけは確かであろう。それを思うと、少しだけ胸をなでおろしたような気分になる。自分の子を里子に出した親の気持ちというのだろうか。

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