AIについて…本当に起こった怖いはなし
はじまりは、アキバで見つけたロボットから
先日、久方ぶりに秋葉原へ行った。1つ目の目的は馴染みの店で創作用のパーツを買うこと。パーツ屋さんで気づいたことは、値上がりの波は電子パーツ1個にまで及んでいること。以前から買っていたパーツがなんと倍の値段になっていて驚いた。しかし、背に腹は変えられないので、急ぎ足で調達を終えたわたしの足は自然とジャンク通りへ。
そこでわたしが真っ先に見つけたのが、やや大きめの体を持つ自立ロボットだった。オデコに貼られた値札を見ると…300円。何の予備知識もなかったが、これは即決購入だと脳が判断をくだす。ロボットは持参した手提げかばんにピタリと収まった。さらに、ラジオセンター2階で見つけたラジカセ型アルミケース(600円)を買うとき、店のマスターがさっき買ったロボットを見て「あっピノだ!」とつぶやいた。
マスターは親切にも、ピノが出演している宇多田ヒカルのPVをその場で見せてくれた。わたしは、それを見て“いい買い物をしたな”とほくそ笑んだ。衝動買いしたオモチャが入った茶色い手提げ袋をさげたわたしは、ハンズに頼んでいた加工品を受け取った帰りに、代々木駅前の「ほぼ新宿のれん街」に寄って、古民家を改装したイタリアンバルでモヒートを頼んだ。
この一帯は再開発されて1年半前にオープンしたアメリカンな街並みと昭和の倉庫、古民家バルなどが混在する面白い飲食店街だ。ドラマ「傷だらけの天使」や映画「天気の子」の舞台となった代々木会館の取り壊しとオーバーラップするかのように開発された地区で、代々木ならではの昭和らしさとアメリカンインダストリアルの世界が融合したその景色は、まるでテーマパークのようだ。
ロボット「PINO」とイタリア製「ピノキオ」が軌跡の対面‼
さて、話をロボットの話に戻すとしよう。まず、このピノの佇まいだが、よくあるロボットのオモチャとしては図体が大きく、ちょうど1才児の赤ちゃんくらいの大きさがある。机の上に置いてすこし遠くから見つめると存在感が際立っていて、今にも動き出しそうなその姿にはすこし不気味な雰囲気が漂っている。
このロボットが発売された20年ほど前は、まだAI技術は進んでおらず、HONDAの二足歩行ロボットASIMOの小型版という認識くらいしかなかったはずだ。しかし、チャットGPTの普及によって加速度的に発達するAI全盛の現在からすると、まるで自らの意思を持つロボットのようにも見え、机の上に置いてあるだけでも視界に入った瞬間、背筋が凍ったり鳥肌が立つような肌感覚を覚えるのである。
この記事を書いていて気づいたのだが、ロボットの鼻のかたちから察するに、ピノの語源はピノキオからきているに違いない。しかも、偶然にしては出来すぎた話なのだが、ちょうど一週間前に息子の誕生祝いに赤坂へ祖母が遊びに来た際、実家にあったイタリア製の木製人形を息子(孫)にプレゼントしてくれたのだった。それが偶然にもピノキオで、両者を並べてみると…なんとロボットPINOとスケールがほぼ同じだったのだ‼
2001年に公開されたスピルバーグ監督の「A.I.」をご存知だろうか? 元々はスタンリー・キューブリック本人が製作監督する予定だった原案を、スピルバーグが意思を引き継いで製作したSF映画である。キューブリックが残した不朽の名作「2001年宇宙の旅」には、現在を予測しているかのように高度な頭脳を持つAI、HAL9000が登場する。HALはまるで感情を持っているかのように宇宙飛行士と会話をし、チェスを指したり、宇宙飛行士の日常的な世話から健康管理までのすべてを担っている宇宙船の心臓部(頭脳)だ。
「2001年宇宙の旅」のAI技術に追いつくのには約20年の歳月を要したが、現在、我々が接しているアレクサ、シリ、Googleアシスタントなどの原型は、このHAL9000にあったといってもいいだろう。
SNSに写真をアップしようとしたら、A.I.から警告が⁉
さて、ここからが本題である。その奇妙な現象とはいったい何なのか…?
わたしが代々木のバルで撮影したロボットとラジカセの写真をFacebookに上げるために、ピノの素体が晒された写真を選択した瞬間、はじめて見る警告メッセージがMeta社から飛んできたのである。
「あなたは、裸と思われる写真をSNSに掲載しようとしてます。この警告を無視して写真をアップロードしますか? YES/NO」
わたしがYESを選ぶと、写真は無事にアップロードされたのだが、この警告はピノの素体を人間の裸と同一視したAIが自らの判断で送信してきたメッセージであろうことは直感的に理解できた。しかし、人間の裸とロボットの素体では明らかに肌の質感が違うし、それくらいの分別なら簡単にできるはずだ。つまり、この警告はMeta社のAIがピノを自分たちと同類のロボットであると判断して、そのピノを守ろうとして送ってきたメッセージだと考えられるのだ。
高度な頭脳と感情をもったロボットがいたとして、それらロボットの“人権”も人間と同様に守られるべきであると技術者たちはAIにプログラミングするだろうか? 答えは否に決まっている。ということは、AIが勝手にそのような司令を出すよう自らの意思で動いたとうことになる。
わたしの手元には、弘兼憲史が書いた「アンドロイド星雲」のマンガ本がある。この本も、つい最近整理しようとしたが何となく踏みとどまって机の上に置いてあったものだ。アンドロイド星雲には、高度な人工知能をもった介護ロボットが登場する。2030年という近未来の設定だが、実際に起こっても何ら不思議ではない話だ。あらすじは、怪我で腰を痛めた70代女性を介護するためにやって来た男性アンドロイドと女性との恋物語が主軸となってはいるが、最後には恐ろしい結末を迎えるというストーリーだ。
キューブリックが描いたHAL9000や、スピルバーグのA.I.で描かれているストーリーにも共通するのは、人工知能をもったコンピュータやロボットが人間社会にもたらす弊害への警鐘である。アンドロイド星雲に登場するヒューマノイド、アランも同じテーマの元に描かれているのは言わずものがなである。
わたしは、チャットGPTなどのAI技術が発展していくなかで、こうしたSFの世界で描かれたのと同じような弊害が必ず起こるだろうと予想している。また、Meta社のAIから送られてきた警告は、その予兆に違いないと確信してこの記事を書いている。
仮に、法廷というフィールドで思考すれば、こんなことも実際に起こるかもしれない。
裁判所の裁判官がこれまでに下してきた判決のなかには、人間として下すべきではないと誰もが感じるような審理も存在したはずである。
死刑宣告された判決でも、後のジャーナリズムによって冤罪が色濃いと判断されるようなケースでは、法務大臣による執行の有無がニュースでよく取り上げられる。こうした人智を超えた倫理が求められる場合、感情をもたないAIにそれを委ねようとする動きが出てきても不思議ではない。
また、スポーツでは当たり前になっているチャレンジ(ビデオ判定)と同様に、被告や原告側が判決を不服として控訴を求めた場合、裁判官以外にAIにもジャッジさせるオプションを与えるケースも出てきそうだ。
決定的な証拠や罪状認否がある場合を除いて、人間の感情に大きく左右される刑事裁判でのやりとりや、第三者の感情を重視する陪審員(裁判員)制度では、クロをシロへと転換してしまうケースも多々あることだろう。しかし、AIなら感情を度外視して客観的事実のみを元に判決を言い渡すことができる。判決の理由についてもチャットGPTの技術があれば、いかにもそれらしく伝達してくれるはずだ。
AIがもたらす功罪は、それを受け取る側によってどちらにも転びうるのだ。それでもわたしは、あえて提言したい。過度なAI化の行く末には、いずれ人類を危機に陥れるクライシスがやってくる。それを未然に防ぐために、今だからこそ世界中の叡智を集めて国際的なガイドラインをつくるべきであると。AIの発達は、宇宙の人間原理を否定する結果をもたらすだろう。人間がAIを制御できなくなったとき、それは人類の進化が止まってしまうことを意味するのだ。果たして、それは地球にとって…宇宙にとって歓迎すべきことなのだろうか?
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