ムーディーレコードの誘惑 第10話
石丸寛/秋山和慶 指揮「マドンナの宝石/ペルシャの市場」
同じ中古レコード店でも、オールジャンルを取り扱う店というのがある。売り場には、クラシック、ジャズ、ソウル、ロック、和モノ、歌謡曲とあらゆるものが所狭しと並んでいるのだが、こういう店の特価コーナーを掘っていると、今回のように思わぬレコードと巡り合うことがある。中古レコード店巡りの醍醐味の一つだ。
このジャケットを見てまず思ったのは、恐らくイージーリスニング系だろうという直感だった。レコードを裏返すと曲目が載っていたので目を走らせると…どうも昭和ムード系のイージーリスニングではなさそうだ。かといって、交響曲第○番のような純粋なクラシックでもない。その点に興味を引かれたわたしは“買い”のほうを選んだ。何故なら、例えハズレてもジャケットが良ければそこに価値を見いだせるからだ。
クラシックをエンターテインメントにした功績
レコードを聴きながら調べてみると、これは1970年に発売されたコロンビア・プロムナード管弦楽団によるアルバムで、A面「マドンナの宝石」を指揮したのは石丸 寛。彼は1964年に「題名のない音楽会」を企画して黛敏郎、藤田敏雄と共に番組を立ち上げ、クラシック音楽を親しみやすいものとしてお茶の間に普及させた功労者の一人だ。
A面の収録曲を記すと…
1. マドンナの宝石間奏曲
2. アンダンテ・カンタービレ
3. カタリ
4. ソルヴェーグの歌
5. 真珠採りのタンゴ
6. タイスの瞑想曲
7. G線上のアリア
どの曲もどこかで聴いたことのあるクラシックの名曲ばかりだ。「題名のない音楽会」とはよく言ったもので、放送時間に限度がある民放番組の場合、長い交響曲は避けて通りたいところだ。しかし「題名のない〜」としてしまえば、おいしいところをつまみ食いにできるので都合が良い。おカタイ交響曲でも、曲の一部を切り抜いて紹介することもできるし、このアルバムに収められたような小曲はまさにピッタリと言えるだろう。
A面は「題名のない音楽会」のコンセプト通りにクラシックの聴きどころをコンパクトに収めた構成で、クラシックにありがちな、“その一瞬を聴きたいがために他の楽章を我慢して聴く”というストレスから開放させてくれる。曲の流れも素晴らしく、異曲同士が並んでもまったく違和感を感じさせない。
優雅さと躍動感が交錯するクラシックエンタメワールド
A面が、優雅な“スムージークラシック”なら、B面はさながら“ダンシングクラシック”だ。しかし、ノリノリの曲以外にも、優雅なワルツやロマンチックなセレナードを配するなど、起伏に富んだ展開を聴かせる。B面「ペルシャの市場」を指揮したのは秋山和慶。彼は、1964年に東京交響楽団を指揮してデビュー以来、日本をはじめ世界中の交響楽団で指揮者、音楽監督を務めた人。
B面の収録曲を記すと…
1. ペルシャの市場にて
2. 嘆きのセレナード
3. 波涛を越えて
4. 口笛吹きと犬
5. ビヤ樽ポルカ
6. ドリゴのセレナード
7. トロイメライ
異国ムード溢れる「ペルシャの市場にて」は、イギリスの作曲家ケテルビーの作品。キャラバンが市場に近づいてくる情景から哀愁に満ちた旋律パートなどを挟んで、最後にふたたびキャラバンのモチーフで終わるというメドレー構成の曲。レコードの中盤には優雅なバレエダンス曲「波濤を越えて」の次に、愉快な「口笛吹きと犬」、酒に酔いしれる喜びを表したノリノリの「ビヤ樽ポルカ」、ロマンチックな「ドリゴのセレナード」と続いて、最後は情緒的な「トロイメライ」で終えるという、聴かせどころ満載の構成。
今回は、ムーディーレコードとしては異色のクラシックアルバムを取り上げたが、カバーデザインをよくよく見ると、表面は「マドンナの宝石」を表現した美しくも可憐な女性のアップ、裏面は「ペルシャの市場にて」に内包される王女をモチーフにしたデザインとなっており、タイポグラフィーもタイトルに合わせて変えるという細やかな配慮がされていて感心した。
もしかしたら、幻級の名盤レコードと出会ったのかもしれない……いや、名盤の定義などはこの際どうでもよく、個人的に感銘を受けたなら、それが自分にとっての名盤ということで良いのではないだろうか。このアルバムは“私的クラシック名盤”として、ずっと自分の胸に刻まれ続けるだろう。
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