オリジナル小説「秘密の八重歯」第二章 – 9
バージニア州アーリントンでの新生活
キヨとリチャード、それにノエルの家族3人は、バージニア州のアーリントンにある一軒家に移り住んだ。大きな通り沿いに建つレンガ造りの家で、平屋だが屋根裏が付いたオーソドックスな建物だ。ワシントンDC郊外の家並みは、広い道路に大きな庭のある平屋建ての建物が多い。敷地が広いため2階建てにする必要がないのである。
アーリントンの住宅からCIA本部のあるラングレーまでは、クルマで20分ほどで行ける距離で、ペンタゴンまでも15分走れば着く場所だ。そのため軍やCIA関係者が多く住む土地である。ミシガン大学を卒業したキヨは、表向きはアメリカ国務省の関連企業に就職したことになっており、その国務省にはクルマで10分という便利な場所でもあったのだ。
キヨの職場は、国務省の近くを通るイースト ストリート ノースウェスト沿いに建つビルの一室にあった。そこで国際スパイ向けの日本語授業を受け持つのが彼女の仕事だ。夫のリチャードはアーリントンに引っ越したあと、ラングレー空軍基地の宿舎に単身赴任することになった。住宅から基地まではクルマで3時間近くかかるため、毎日の通勤ではさすがに体が持たないと判断したのだ。
アーリントンでの新生活が始まり、晴れて日本語の教師となったキヨは、順調に教師としてのキャリアを積んでいった。それから1年半ほど経ったある日、キヨはCIA本部に呼ばれて語学教育の責任者と会うことになった。CIA本部へ入るのはそれが初めてであり、キヨは緊張した面持ちで責任者の上官が来るのをロビーで待った。しばらくしてやって来た上官は、会議室へとキヨを案内した。部屋に入ると、彼は着席をうながしてからこう言った。
「アーリントンでの生活はもう慣れたかね?」
「はい、おかげさまで何とかやっております」
「それはいい。息子さんは元気に育っているかな?」
「はい、言葉も話すようになって、好奇心旺盛に育ってます」

上官は、大きくうなずいてから一呼吸すると、すこし声のトーンを落としてこう言った。
「今回の件だが、我々が日本に送り込んだスパイたちが、どれだけ上手く日本語を話せているか、そのチェックを君にしてほしいというのがこちらの相談なんだよ」
キヨは、すこしだけ身を前に乗りだしてこう答えた。
「なるほど、つまり日本へ帰国しなくてはならないわけですね」
「そう・・いま日本に駐在している当局のスパイは5人ほどだ。彼らは、アメリカで日本語教育を受けてから日本に入国し、さらに横浜の米国領事館で日本語を習っている。そこで、彼らが習得した日本語による日常会話の最終テストを君にしてほしいんだ」
「そんな大役を、わたしが担うのですか?」
「いや、最終的に決断するのはあくまで我々だ。君は、彼らの語学能力を段階的に評価してくれればそれで良い」
「時期はいつ頃からですか?」
「来月の頭には、アメリカを発ってほしい」
「それは、ずいぶん急な話ですね。それに・・息子を置いて行くわけにはいきません」
「それは、当然だ。3才の息子を置いて行けとはわたしも言うつもりはないさ」
「でも、まだ幼い息子を・・あの過酷な船旅に連れて行くのは不安です」
上官は、あらかじめキヨがそう答えるだろうことを予想していたかのように頷くと、落ち着いた口調でこう言った。

「すこし前に、ロッキードのコンステレーションがL-1049Gという新型旅客機を開発したんだ。すでに、太平洋横断路線を飛んでいるんだよ」
「つまり・・飛行機で行けるのですか?」
「もちろんさ。空の旅は快適そのものだよ。それなら異論はないだろう?」
「はい、あとは夫が何というか・・」
「君の夫への根回しはもう済んでいる。もうじき、ラングレー空軍基地での任務を終えてペンタゴン勤務になるそうだ。旦那さんがアーリントンへ戻ったら、君の親族が危篤状態にあり、急遽日本へ帰る必要があるとでも伝えなさい」
キヨが、黙って考えていると、上官は続けてこう言った。
「新型旅客機での移動なら、息子連れでも安心だろう。コンステレーションL-1049Gについては、君の夫のほうが詳しく知っているに違いない」
上官はそう話すと、席を立ち上がって葉巻に火を付けた。
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