オリジナル小説「秘密の八重歯」第三章 – 11
羊の皮を剥かれた、直列6気筒SOHC
ノエルが喫茶店メンフィスに戻ってみると、ちょうどセンパイOが雑誌のボーイズライフを読んでいるところだった。それに気がついたノエルは、Oに向かってこう言った。
「すみません、それ、オレの雑誌なんですよ」
「おお、そうだったのか、わりいわりい」
Oはそう言って、ボーイズライフをノエルに渡しながら言った。
「この、『血まみれの野獣〛っていう小説おもしろそうだな・・そういえば、お前もレーサーだったよな?」
「まあ、まだ見習いですけどね」
「どうだ? レースっちゅうのは結構カネがかかるんじゃないか?」
「はい、うちのチームもスポンサー探しに苦労してるみたいです」
「そうだろう・・どうだい、ここは一丁カネを集めることを考えようじゃないか?」
Oはそう言うと、ノエルを席に座らせてビールを2杯オーダーした。
「そういやあ、オマエの親父は何の仕事をやってるんだ?」
「立川の米軍基地で働いてます」
「ああ、そうだったな・・で、お袋さんは専業主婦か?」
「いえ、母も働いてます」
「お袋さんは、日本人かい?」
「そうです」
「なるほどな、しかしオマエ・・レースのほうは脈があんのか?」
「レースにさえ出られれば、勝てる自身はあります」
「ほう、そりゃあいい・・・どうだい、これからオレのクルマを運転してみないか? スカイライン2000GT-Bだ。こう見えて、オレも若いときは走り屋で鳴らしたもんよ」

ノエルは、スカイライン2000GT-Bと聞いて反応せざるを得なかった。スカイライン2000GTといえば、日本グランプリで当時のスポーツカーでは断トツの速さを誇ったポルシェを追いつめた伝説のクルマである。
「運転させてください」
「オーケイ!」
こうして、ひょんなことからノエルはセンパイOのスカイラインを運転させてもらうことになった。立川基地のまわりを周回するルートだ。ノエルは、カーブの前でダブルクラッチを踏んでみせた。さらにスピードを上げ、後輪をドリフトさせながらコーナーを曲がり、最後のカーブでヒールアンドトゥを決めてみせた。
「なるほど、こりゃあたいした腕前だ」
Oはすこし度肝を抜かれたようだった。クルマを降りると、前輪のディスクブレーキが焼けた匂いが漂っている。自分のクルマをいたわるように、ボンネットを軽く叩いたOは、ノエルに向かってこう言った。
「どうだい、スカイラインは?」
「いいクルマです。直列6気筒SOHCは、このクルマには十分すぎっすね」
「そうかい、これならポルシェともいい勝負だな」
「そうですね、公道ならポルシェに勝てますよ」
「本当かい?」
「はい、レース用のポルシェには及びませんが、市販のなら勝てるでしょう」
ノエルがそう言うと、Oは急に上機嫌になってこう言った。
「ここから先は、自分で運転して帰るから、また明日にでも会おうじゃないか。夕方、メンフィスで待ってるぜ」
「はい」
こうして、ノエルとOの付き合いは始まった。ノエルにとって、スカイラインを運転できるのは大きい。しかも、Oは羽振りが良さそうだ。ノエルは帰り道に歌を口ずさみながら帰った。ローリング・ストーンズの『19th Nervous Breakdown』である。
ノエルは、この曲の2番目と3番目の歌詞が気に入っている。まるで自分のことを歌った曲のようだからだ。
2番
幼いころ、お前は大事に育てられた。
でも、お前はまともには育たなかった。
たくさんオモチャを買ってもらっても、お前は夜になると泣いてるだろ。
育児を放棄したお前の母は、100万ドルの税金を払うんだぜ。
それにお前の父は、完璧に手紙に封をしようとして躍起になっている。
3番
お前の心をかき乱した愚か者と、お前がつるんでいるとき、お前はまだ学生だったな。
それから少しして、お前は人に親切にすることに背中を向けたんだ。
最初の旅に出たとき、オレはお前の心に入り込もうとした。
だけど、オレは分かったんだ。オレの心はお前に奪われていたっていうことをさ。
2番めの歌詞は、自分と両親のことを歌っているように聴こえ、3番めの歌詞は、まるで少年Sと自分のことを歌っているようだ。そして、タイトルの「19回目の神経衰弱」とは、少年Sと企てようとしている大きなヤマのことを指しているのかもしれない。そう、それは少年Sにとってちょうど19回目の大きなヤマだったからだ。

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