オリジナル小説「秘密の八重歯」第五章 – 1
第五章
ホンダドリームからヤマハスポーツへ
11月に入ると、現金強奪に向けての準備がいよいよ佳境に入ってきた。まずは、少年Sが扮する白バイ警官が乗るオートバイの調達だ。当時の白バイといえば、そのほとんどはホンダ製である。そこで、ターゲットをホンダの中型以上のバイクに絞って物色を進めることになった。
スカイライン2000GTに乗ったノエルとSは、11月8日の夜中から朝方にかけて甲州街道から北八王子方面へとクルマを走らせていた。日付を跨いだ9日の早朝、八王子市石川町の井上モータースの前に駐まっていたホンダドリームを見つけたSは、クルマから降りてそっとバイクの傍らに立った。コードをニッパーで切って直結するとホンダドリームはブルッという雄叫びをあげた。

自分のバイクのエンジン音を聞いたオーナーの自動車整備工は、驚いて目を覚まして窓から音のする方向を見ると、茶色のジャンパーを着た若い男がバイクに乗って逃走するのを目撃した。そう、少年Sである。その日、Sはボア付きの茶色のジャンパーに薄茶のチノパンという出で立ちだったのだ。
Sが乗ったホンダドリームとノエルが操るスカイラインは小金井の本町団地へと向かった。その途中、Sはホンダの異変に気がついた。信号待ちで減速をしていくと途中で激しくノッキングしてしまうのだ。本町団地に着いてスカイラインを駐めたノエルは、Sに近づいてきてこう聞いた。
「どうだ、バイクの調子は?」
「あまり良くないな・・スピードを落としていくとノッキングがひどい」
「ちょっとオレにも乗らせてくれ」
「ああ」
ノエルは、Sが降りたバイクに跨って本町団地の外を出て、団地の周りを走ってみた。確かに、Sが言うとおりに減速していくとバイクは激しいノッキングを起こす欠陥があった。ふたたび団地内へと戻ったノエルは、Sに向かってこう言った。
「こりゃあ、ダメだな・・」
「うん、整備工場の前に駐まっていた理由がわかったよ・・どうする?」
「バイクを整備しようにも、盗難車だから他人に見せるわけにもいかない。残念だが、このバイクはあきらめて別のを探すしかないな」
「そうだな」
ノエルとSは、そこで一旦別れて睡眠をとることにした。昨夜からまだ一睡もせずに多摩地区から八王子周辺を走り回っていたのだ。疲れて当然である。
ノエルと別れたSは、スカイラインのなかで数時間ほど仮眠をとった。その後、ホンダドリームを本町団地と通りを挟んだ場所にある公務員団地まで押していき、子ども用の自転車置場を見つけると、その場所の隅にナンバープレートが隠れるようにバックから入れて駐輪した。この時、公務員団地に住む主婦にその様子を目撃されている。11月9日の正午前のことだった。
それから10日後の11月19日、日野市の平山団地でヤマハスポーツ350R1が盗難にあう事件が起こる。団地の入口階段の横にある庭に駐輪されていた青色のオートバイで、ナンバーは「多摩 い 11-29」。そう、これこそが白バイに改造されて犯行に使われるバイクである。この日、バイクの所有者はバイクショップでハンドルの中央に風防を取り付けてもらって団地へと帰宅した。
いつもは、庭に生えているヒバの木に車輪を鎖でつなぐほど防犯に気をつけていたが、この日に限って鎖はおろかキーを抜くのも忘れてバイクを置いたまま自分の部屋へと戻っていたのである。急いで部屋に戻らなくてはならない急用を思い出したからだ。あくる日の早朝、庭を見にいくと昨夜駐めたはずのバイクが忽然と消えている。2カ月前にローンで買ったばかりの新車である。所有者は、日野署滝合橋の駐在所にすぐ盗難届けを出した。

バイクを盗んだ犯人は、少年Sとノエルである。ホンダに的を絞って探していたものの、当時は125CCまでの小型バイクが主流で、大型バイクはそう簡単には見つからない。前回のホンダドリームで懲りていた2人にとって、新車のヤマハスポーツ350R1は魅力的だった。しかもキーまで付いているのでガソリンの補充もできる。
新車の乗り心地は最高だ。当時のヤマハでは最大排気量となる348ccの空冷2ストローク並列2気筒エンジンを搭載したスーパースポーツモデルだ。大きさからいっても白バイにはまったく引けを取らない。11月20日から、白バイへと改造するまでの2週間余りにわたって、少年Sは時間があればこのヤマハを乗り回して運転に磨きをかけた。犯行が行われるまでの間、実に400kmもこのバイクは走り回っていたのである。
そして、1968年11月25日の東芝給料日には、本番前の最後のリハーサルが行われた。少年Sが栄町の空地でクルマから乗り換えるバイクには、このヤマハスポーツが使われた。3人の役割は前回のリハーサルの時と同じである。この日、日本信託銀行の前に9時15分に姿を現した現金輸送車は、三菱銀行からではなく直接自分たちの銀行からジュラルミンケースを運び出してセドリックのトランクに積み込んだ。
その様子を確認した賭博師Oは、ハンディトーキーを使ってノエルに連絡をした。この日、ノエルが使ったクルマはサニーではなくブルーバードだ。ノエルは、バックミラーでセドリックが映るのを確認すると、ゆっくりとクルマをスタートさせた。
南町2丁目先の路肩で停車していたのは、少年Sが乗ったサニーである。ノエルのパッシングを受けたサニーは、軽快にスタートをきって見る見るうちに視界から遠ざかっていく。少年Sは、バックミラーに見えるブルーバードが信号待ちで停車するのを確認しつつ、急いで栄町の抜け道から空地へとクルマを乗り入れると、そこに停めてあったヤマハスポーツに乗り換えて、抜け道を通って学園通りの手前でバイクを停め、時計の針を確認した。
ノエルの運転するブルーバードの後に、現送車のセドリックが前を通るまでにかかった時間は1分25秒。前回とほぼ同じ分数である。少年Sは、サニーが停まっている空地へ戻ると、そこにバイクを駐めてエンジンを切り、ふたたびサニーに乗って国立にあるOの自宅へと向かった。Oの自宅では、最後のリハーサルを終えたノエルとOが、リラックした表情でSを待っていた。
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