オリジナル小説「秘密の八重歯」第五章 – 7
世間をアッと驚かせた、鮮やかすぎる強奪劇
午前7時30分
賭博師Oとノエル、少年Sの3人は、Oの自宅を出て府中方面へと向かった。ノエルが運転するスカイライン2000GTの助手席には、白バイの制服の上にレインコートを羽織ったSが乗っている。
Oは、工事用作業着の上にレインコートという出で立ちで、トラックのいすゞエルフに乗り込んだ。助手席にはトランシーバーのハンディトーキーが置いてある。
2000GTとトラックは、走行中に無線の通信チェックを行った。ハンディトーキーの使い方は至ってシンプルだ。アンテナを引き出すと自動的にオンになり、ボタンを押しながら話せば通信相手に声が届くという仕組みだ。トランシーバーの通信チェックを終えた2000GTとトラックは、府中の晴見町団地に着くと来客用の駐車場に並んで駐めた。
ザーザー降りの雨足は途絶えることがない。団地からは通勤のために家を出る住民たちが普段は見慣れないトラックと乗用車2台を目撃しているが、工事現場に早く着いてしまった作業員に見えたのだろう、訝しがる素振りを見せる者はいなかった。
午前8時
ノエルと少年Sが乗った2000GTは、西元町の笹薮に駐めてある濃紺カローラを偵察しに向かった。カローラのエンジンをかけるためだ。現送車からジュラルミンを移し替えたあと、速やかにその場から逃走するには、エンジンを直結している時間さえも無駄にしたくない。もちろん、センパイOも同意しての準備行動である。
カローラのエンジンをかけたのは、少年Sのほうだ。ノエルはGTのなかで待っていた。Sが戻ってきて、クルマを走らせたとき、近所に住んでいた2人の女性にクルマは目撃されている。雨が降っていて視界が悪かったこともあり、車内の人数までは確認されていない。ノエルとSは、GTに乗って晴見町団地へと戻った。
午前8時20分
少年Sが乗った緑色のカローラは、晴見町団地を出て栄町の空地へと向かった。ニセ白バイのエンジンを始動するためだ。カローラは、国分寺街道から右斜め前の道を入って空地に乗り込み、ニセ白バイの近くで停まった。
午前8時30分
センパイOが乗ったトラックと、ノエルが乗った2000GTが、晴見町団地を出て国分寺駅北口へと向かった。日本信託銀行から東芝のボーナスを積んだ現金輸送車が出発するのを見張るOと、現送車の前を走って少年Sを援護するノエルが待機するためである。
午前8時45分
少年Sが、シートを被ったニセ白バイのエンジンを始動する。Sはエンジンを始動後、緑色カローラに戻って8時55分に空地を出た。この時、農工大の事務員が運転するクルマに、空地から勢いよく飛び出していくカローラが目撃されている。Sが向かったのは、南町2丁目交差点近くの国分寺街道沿いの路肩だ。古い石垣の階段がある場所である。助手席には、白バイ警官風のヘルメットが置いてあった。
午前9時
トラックを停車している場所から、少し先の米屋の軒先まで歩いたOは、そこから50m先の日本信託銀行の見張りをはじめた。雨が激しすぎてトラックの運転席からでは視界が悪かったからだ。黒っぽいレインコートにゴムの長靴姿のOは、米屋の主人に目撃されている。
午前9時14分
日本信託銀行の玄関口に現送車の黒いセドリックが停まり、行員3人がジュラルミンケースを持って玄関から出てくる姿を目視した瞬間、Oは急いでトラックに戻って搬送ルートの途中で待機しているノエルに、ハンディトーキーで連絡をした。
「こちらO、もうすぐターゲットが出発する」
「了解!」
行員たちは、3つのジュラルミンケースをセドリックのトランクに積み込むと、現金2億9千4百34万1千5百円の入った現金輸送車をスタートさせた。午前9時15分のことである。
ノエルは、クルマのバックミラーに黒いセドリックが映ったのを確認すると、ウインカーを出してGTをゆっくりとスタートさせた。中央線のガード下を潜ってから南町2丁目の交差点でバックミラーを見ると、現送車は国分寺街道を直進するいつものルートを通りそうだ。
信号が青になって国分寺街道に入ったノエルは、少年Sが乗っている緑色のカローラにパッシングをして、現送車が後ろを走っていることを知らせた。緑色のカローラは、勢いよくクルマを発進させて加速していった。
少年Sは、カローラのバックミラーを縦にして、後続車の位置を確認しながらスピードを上げていく。時速にして軽く70kmは出ていただろう。東元町の交差点を過ぎるころには、すでにバックミラーからノエルの操るGTの姿は見えない。Sは、スピードを緩めることなく栄町の抜け道から空地へ入ると、ニセ白バイの隣でクルマを停めた。
助手席の窓ガラスは10cmほど開けっ放しで、ワイパーは動いたままの状態でクルマを降りたSは、ニセ白バイに被せていたシートカバーを外すと、急いでレインコートと被っていたハンチングを脱ぎ捨てた。そして、助手席に載せてあったヘルメットを被ると、白バイに跨って空地から抜け道を南下して学園通りの手前で停まった。この時、Sはあまりに慌てていたため、白バイに被せていたシートカバーを引き摺ったままバイクを走らせている。シートカバーには、脱ぎ捨てたハンチングが紛れ込んでいた。
この時、抜け道の出口付近で、学園通りのほうを見張るように停車している白バイ警官の姿を、通り沿いの一軒家に住む主婦が窓ガラス越しに目撃している。白バイがそこで待機していたのは時間にしておよそ20秒ほどだ。
午前9時20分
ノエルが乗ったスカイライン2000GTに続いて、現送車の黒いセドリックが目の前を通り過ぎるのを見計らって、Sは赤色灯のスイッチをオンにして赤いランプを点滅させながらセドリックの後を追った。府中刑務所の塀が続く地点に入ると、Sはバイクを加速させて現送車を追い越し、左手を水平に上げてクルマを停車させるようにとうながした。

現送車の運転手がブレーキを踏むのと同時に、先行していたノエルも2000GTを停車させてバックミラーから少年Sの動きを確認していた。白バイから降りるとき、Sは引きずってきたシートカバーを外そうとして左足でシートを蹴り飛ばす仕草をした。ノエルは、すかさずSをマニピュレートして彼の意識を現送車へと向かわせた。
現送車へと駆け寄った白バイ警官は、運転席のガラス窓を半分開けさせてからこう言った。
「こちらは、日本信託銀行のクルマですね?」
訝しそうな表情を浮かべた運転手が“そうですが”と答えると、白バイ警官はたたみかけるように言った。
「小金井署からの緊急連絡できました。巣鴨の支店長宅が爆破されました。このクルマにも爆弾が仕掛けられているかもしれませんから、車内を確認してください」
「クルマの中は昨日も確認してますが、何もありませんでしたよ」
運転手がそう答えるや否や、白バイ警官は「それでは、外を調べてみます」と言って、セドリックのエンジンルームの下に潜り込んだ。少年Sは、ポケットから発煙筒を取り出して着火させようとするが、雨に濡れてうまく火が付かない。それをバックミラーで確認したノエルは、すかさずマッチで火をつけるようにSをマニピュレートした。発煙筒はやがて着火して、一気に赤い炎と白い煙が濛々と立ち込めていく。
「あったぞぉ! ダイナマイトだ。爆発するぞ 危ない下がれ!」
少年Sは、そう大きな声をあげて行員たちにクルマから離れるようにとうながした。一目散でクルマから離れて物陰へと避難する行員たち。
その瞬間、白バイ警官はセドリックに乗り込むと現送車をその場所から遠ざけるようにクルマを急発進させた。前方で一部始終を見守っていたノエルも、バックミラーでセドリックを目で追いながら2000GTをスタートさせる。現送車が停車してから時間にしてわずか2〜3分の出来事だった。

行員の誰もが、身を呈してクルマを安全な場所に退避させるとは、何と勇敢な警察官なんだと思っていた。現送車が走り去ってからも、しばらくの間は赤い炎と煙は辺りに充満している。行員の資金係長はハンカチを手にかざして後続車に離れるようにと叫んでいた。
やがて、発煙筒の煙が落ち着いてきて5分ほど経ったころ、運転手が恐るおそる発煙筒と白バイへと近づいていくと、白バイなのにヤマハ製のバイクであることや、ビニールテープでとめられているトランジスタメガホンなどから、ニセの白バイであることに気がつく。不審に思った行員が近くのガソリンスタンドから電話で銀行へ連絡したのは9時28分のことだ。
この間、Oは東元町の元町通りにトラックを停車させて少年Sからの連絡を待っていた。セドリックの強奪に成功したSは、ノエルが運転する2000GTの後を追って、濃紺のカローラが停まっている西元町の笹薮へと向かって行く。その途中、Sは未舗装の道を走行中に幼稚園へと子供を送って帰宅途中の主婦3人に泥水をはね浴びせている。主婦の1人は、家へ帰るとすぐに110番をしてセドリックの危険運転のことを通報したが、強奪の捜査網が敷かれる直前の出来事で、この目撃証言が事件と結び付くのはだいぶ後になってからのことだった。
ノエルは、西元町の七重塔跡手前で2000GTを停め、笹薮のなかの本多家の墓へと歩いていった。ノエルが、濃紺のカローラに乗ってクルマを墓場から道に出すと、ちょうどセドリックが笹薮の細い道をかき分けるようにして入ってきた。警官姿の少年Sが、セドリックのトランクからジュラルミンケースを運び出してカローラの後部座席へとそれを載せ替えた。ノエルも、泥道に投げ置かれているケースの1つを持ち上げると、それをカローラへと運び入れた。

9時30分
ノエルが運転するジュラルミンケースを載せた濃紺カローラは、西元町から小金井方面へと向かった。白バイの服装から普段着に着替えた少年Sは、スカイライン2000GTに乗り換えると、助手席に置いてあったハンディトーキーで、センパイOへと連絡した。
「こちらS、計画はすべて予定通りに運んでます」
「了解、これから待ち合わせ場所へと急行する」
少年Sからの連絡を受けたOは、トラックを走らせて小金井の貫井神社方面へと向かった。三楽の坂へとつながる細い道を一時的に通行止めにするためだ。服装は、レインコートを脱いで作業員の格好にすでに着替えている。こうして、3人の共犯者はそろって三楽の坂へと向かったのである。
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