オリジナル小説「秘密の八重歯」第五章 – 15
三多摩地区で刻まれた、いちご白書
三億円事件の捜査が暗礁に乗り上げるなか、警視庁では三多摩地区一帯に2,000人もの警察官を導入してローラー作戦をかけ、アパートやマンションを含めたすべての入居者への聞き込み調査を実施した。警察が重きを置いたのは、10代後半から20代までの学生や若者たちである。三億円事件の捜査という名目ではあったが、学生運動に参加している若者たちを一斉に囲い込む徹底的な調査を敢行したのだ。
このローラー作戦を、政治的圧力で推し進めたのは米国政府だったことは意外と知られていない。三多摩地区には、日米安保条約に反対する左翼系学生はもちろん、横田基地や立川基地の整備拡大に反対する地元住民を含めた活動家が数多く存在しており、何かのきっかけで再び砂川紛争のような暴動が勃発するのを米国政府は非常に恐れていたのだ。

東京大学で始まった全共闘運動は1969年には全国へと広がり、国公立大学や私立大学の大半が、何らかの闘争・紛争状態となった。1968年、1969年の国際反戦デーでは投石や火炎瓶などによる闘争が全国で繰り広げられ、機動隊と学生たちとの市街戦が至るところで展開されていた。
こんな時代に、三多摩地区で行われたローラー作戦では、三億円事件の解決への手掛かりこそつかめなかったものの、学生運動家やその予備軍を牽制する上では大きな成果を上げたのだった。CIA幹部によって画策され、その局員であるウォーカーを黒幕に、主犯の賭博師O、少年Sとマニピュレーターのノエルが実行した現金輸送車強奪事件の目的は、こうして首謀者の思惑通りに果たされたのである。
主犯のOは、真の目的を知らされずに現金強奪事件を成功させたが、その過程で自分がウォーカーに操られていたことにはまったく気づいていない。少年Sがノエルに操られていたのと同じである。ウォーカーが秘密組織の使者であることは知っていたが、なぜ彼らが強奪したカネの一部を要求してこないのか・・これだけが、どうしても理解できない謎として残り続けた。
いつかどこかで、内情を知るものが強請りに来ることも考えられる。そう思うと、Oは不安で眠れなくなることがしばしばあった。ウォーカーとはすでに連絡も絶ってはいるが、やはり早いうちにハワイへと移り住んで安住の地で暮らすのが良い・・そう思ったOは、1969年3月にオアフ島を訪れて、海辺からすこし離れた場所にある分譲マンションを購入した。

国立の庭付きの一軒家を手放したOは、ハワイのマンションに居を移して4月から新たな生活を始めた。オアフでの生活は快適だったが、独身のOは孤独だった。日本に住んでいるときの彼には、競馬やパチンコなどの娯楽があった。持って生まれた勝負師を自認するOにとって、競馬やパチンコは単なる賭け事ではなく、自分が生きていることの証だったのである。
人間というのは不思議なもので、食うに困らない大金を手にして、1年中快適な気候を持つ楽園に居を構えても、それだけでは満たされないものなのだ。30代半ばを迎えるOには、まだ長い余生が残されている。ハワイでの永住権を得るために、Oはハワイの企業に投資をして、玩具や雑貨の卸売り会社のオーナーになる決意をした。
しかし、会社の経営はOには向いていなかった。警察官や電気工事の仕事をしている頃から、自分が組織には向かないのは分かっていた。力を発揮できるのは、博打などの勝負事や少人数で進める短期決戦である。腰を据えてコツコツ努力するのは苦手だったのだ。また、1ドル360円時代の物価は、いくら大金を稼いだOといえども高かった。ハワイでは日本で暮らしていたときと同じ生活をしているだけでも3倍のコストがかかる。Oにとっては、言葉の壁も大きかったのも事実だ。

1億4千600万円あったOの資産は、数年間のハワイでの生活と事業の失敗で一気に目減りしてしまい、もっと物価の安い土地を求めてフィリピンのマニラへと移住をする。Oは、そこで日本人観光客向けのバーを経営するが、この仕事は軌道に乗って現地の女性と家庭も持ち、この地でやっと人間らしい生活を送れるようになった。
博打好きのOには、カジノがあるマニラは移住先として最も適していたのだろう。1億5千万近くあったOの資産も、所詮は博打人生の掛け金の一部にしかならなかったのである。
「十分ではない・・だが、やれるだけのことはやった。だれもアヤメず、キズつけることもなく。ただ一人の仲間をのぞいては」
マニラで暮らすOが、いつも自分に言い聞かせていた言葉である。
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